スヴァルトアールヴヘイム【10】
その名を聞いて思わずどきりとする。
いよいよ現在のアールヴヘイムとスヴァルトアールヴヘイム間の騒動の原因のひとつであるその当人に会える───
マーガレットさんが直接的に関係している訳ではないし、極論を言えば香月真夜自体は全然関係のない外部の人間だったのに、奇妙な縁でこうして繋がり相見えることになろうとは……。
無駄に広い絢爛驕奢な室内をじっくり見回したい気持ちを抑え、私は萎えそうになる心にムチ打ちながら中央の壇上であからさまに威圧してくる相手をしっかりと見据えた。
さしずめこの大広間は玉座の間か。
するとそこで、それまで私の左横で控えていた闇のエルフの高級武官な青年が、少々声を低めてやけに恭しい調子で声を掛けてきた。
「ではリワ様、わたくしめはこの城の城主であるディアミド・ルカス・ベルンハルトと申します──以後お見知りおきを。何かございましたら遠慮なくわたくしめにお申しつけ下さい」
え、カステラン……?
惨事のおやつは文○砲、的な?
───もとい、何だか美味しそうな肩書きに聞こえるけど、とりあえず偉い人なんだろう事は何となく理解しました。
「ここまでの嚮導、感謝します」
ことごとく紋切り型な私は、美女エルフや事実上私の麗しの兄である吟遊詩人たちの口移しのまま、横目でそれを受け流す。
そんな私を確認するや否や、ベルンハルト氏はすっと優雅な身のこなしで後方に一歩下がると、黙ったまま軽く頭を下げつつ身を翻し、前方のひときわ明るい光の当たる玉座があると思しき場所に向かって歩いてゆくと、その傍ら付近で膝を折って更に恭しく傅いた。
「ヘルヤ様、魔法使いリワ・エイル・ギネヴィア様をお連れ致しました」
すると、ド派手な装飾に彩られた黄金色の無駄に大きな玉座から、横柄そうに腰を下ろしている深紅のシックなドレスを身にまとった贅沢を絵に描いたような豪華な美女が、その婀娜っぽい容貌に少々下卑た笑みを濡れ光る紅唇に貼りつけながら口を開く。
「ベルンハルト、足労であった───偉大なる魔法使いリワ殿、まっこと久方ぶりよのう。さぞ息災であったのだろう───ささ、遠慮はいらぬゆえ早々にこちらへ参られよ。そなたの武勇伝は風の噂で散々聞き及んでおるぞ」
おぉう、のっけから皮肉の先制パンチをありがとう。
こちらこそヴィンセントさんと里和ちゃんから散々っぱら貴女様のお話は聞いてますので、嫌味でのお気遣い痛み入りますわ、ですわ。
とは言え、そんなこと面と向かって言えようはずも無く───気の利いた切り返しのひとつも出来ない自分にほとほと嫌気がさす。
……しっかし、こんな悪意の塊な感じの場所から、私、無事に生きて帰ることが出来るんだろーか?
不意に鬼のように不安に苛まれる私であった。
『大丈夫だ、メグ───オレ様がついてる』
ぐらぐら揺れまくる負の感情の大波に飲まれそうになった直後、私の黒い使い魔のそんな力強い声が脳を直撃してくる。
絶妙なタイミングでかけられたその言葉にはっとし、私は鼻から大きく息を吸い込んで再び姿勢を正す。
ありがとう、弥七───私、頑張る!
『……まぁ、あんま無理すんなよ。あんたが頑張りすぎるとロクな事ないからな』
失礼なっ……前言撤回!
ドルイドマントのフードの中で鯖トラ小猫が身動ぎするのを背中で感じながら、私は赤いカーペットの上をサンザシの魔杖を軽く突きつつ、目前の臈長けた女性が睥睨する玉座の方へ歩いてゆく。
かつてアールヴヘイム中の老若男女を骨抜きにしたとされる、艶めく灰紫色の肌に銀髪金眼の豊満な肢体の迫力ある美女が、私の方を検分するかのように眺めている。
いやいや……何だか恐いぐらい扇情的で淫靡な色香を漂わせている女性だな───
同性の私まで無意識のうちに虜にされてしまいそうな、まるで甘美なズルチンのようなその存在。
そして同じ美人でも、あっけらかんと明朗な佇まいの我らが美女エルフの妖精の悪戯の方が、全く嫌味などなく愛らしくすら感じられるほどだった。
私は艶めかしい美婦の前へ来るとお辞儀をし、先ほどの皮肉部分は華麗にスルーしてあらかじめ言い含められていた挨拶口上を淡々とした調子で述べる。
「この度ヘルヤ殿下におかれましてはご機嫌も麗しく、私たちアールヴヘイム特命大使団を快く受け入れて下さり、誠に感謝致しております」
ところがそこで私の態度が癪に障ったのか、その濃艶な美貌をあからさまに歪ませながらぽってりとした厚めの唇を開いた。
「……ふん、相変わらずスカした女子よのう、そなたは───まぁ、よい。本日の妾はそちの言う通り機嫌が良いからのう、そなたの小さな無礼は大目に見ようぞ」
………どっちが無礼なんだか。
と、内心思いながらも、私は引き攣りそうになる顔面を必死で抑え込む。
「では最初に、この国に闖入してきた小ネズミ───いや、小ギツネと言ったほうがよろしかろうが───ベルンハルト、これへ!」
闇のエルフの青年が連れて来た黒装束の人物に、思わず私は目を見張った。
……!
銀次君─── ⁉
今回も寝落ち後0時に起き、それから今迄ぼつぼつ書かせてもらってたんですが、もう限界が来てしまったのでこの辺でお許しを
後ほどまた誤字脱字加筆修正させて頂きとう存じます
【’24/11/23 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/01/05 誤字修正しました】