スヴァルトアールヴヘイム【9】
あぁ、ヴィンセントさんを逃げ回らせるほど悩ませてた、ほぼ言いがかり的な苦情で賠償金請求してきた交渉使節団……もとい、表向き『スヴァルトアールヴヘイム親善大使団』と銘打ってた、あの───
我ながらそんな失礼な感慨を抱きつつ、左腰に大きめの剣を帯刀し、見るからに高級武官な感じの銀鼠のミディアムロングヘアのしゅっとした偉丈夫を見上げ、
「こちらこそ本日の私共の来訪にあたり、貴方から最大限の歓待をして頂きありがたく存じます」
と、予め美女エルフから伝授してもらった様式美的な『外交』のつく辞令で返答する。
それにしても、使い慣れない言葉遣いでうっかり舌でも噛みそうな予感。
つか、それ以外の言葉が咄嗟に思いつかなかったからついそのまま言っちゃったけど───どう見ても『歓待』という雰囲気じゃないのに、皮肉に取られなきゃいいんだけど……。
よく見ると立ち並ぶ衛兵たちも、旗やリボンで装飾された長槍を右手に携え、これから私が歩かねばならないであろうレッドカーペットの左右に威風堂々と居並んでいた。
一見華やかに正装はしているが、その場の空気に潜む僅かな気配に隙あらば、的な一種異様な緊迫感を醸し出している。
私が魔法使いの武器たる魔杖を、わざわざ携えてたった一人で出て来たせいなのだろうか?
それは里和ちゃんにもスヴァルトアールヴヘイムに到着したら必ず、魔杖は肌身離さず持つように厳命されていたのだし、今の私自身にもこんな異常とも呼べる状況の中、このマルチカラーの遊色効果が美しいホワイトオパールのついた風格あるサンザシの魔杖を持っていられるだけで、不思議と心穏やかで、自分がさも無敵であるかのような錯覚を起こさせてくれる存在となっていたのだから。
とにかく、いくら一個人で一国家を滅ぼしたとまで言われている、最終兵器的存在でもある『紫炎熄滅の魔法使い』と呼ばれる美女エルフとは言うものの、たった一人の小娘相手にここまであからさまに武装した兵士たちで囲ませる神経が恐ろしかった。
いや逆に、それだけの事を相手にさせてしまう里和ちゃんの方を恐れるべきなんだろうか……?
私が表面上はできるだけ頑張って能面のような表情を美女エルフの白貌に貼りつけながら、心の中では様々なことに考えを巡らせ、周囲に相当惑わされながら神経を尖らせていると、
「では、魔法使いリワ様、こちらへ──」
目の前の高貴そうな闇のエルフの青年が軽く頭を下げながら、前方で暗く大きな口を開いて待ち受けている怪物のような風情の城門を右手でさし示し、微かに土埃臭い重苦しさの濃い空気の中、私を中へと先導してゆく。
まるで地獄の門を潜ってゆくような心地がしていた。
私が意を決して歩きだすと、その背後からアマリアちゃんのついてくる足音が聞こえてきた。
それだけで何となくほっとしながら、私は居並ぶ闇のエルフの衛兵たちを尻目にゆっくりと歩を進めてゆく。
巨大な金属製の落とし格子を抜け、薄暗い石造りの城内の廊下の壁には、水晶の結晶化した原石のままの照明器具が辺りを淡く照らし出しているが、その暗鬱な闇の濃い先の方までは全くといっていいほど伺い知れなかった。
その途端に私の背筋は地味に粟立つ。
あまりの不安さに思考はとんどんマイナスに傾いてゆく。
しっかし、里和ちゃんの作戦とやらは上手くいくのだろうか?
──弥七、いるよね?
何度も吹きかかる臆病風に、先ほどまで闇のエルフの美少女にめちゃめちゃ可愛がられていた、小猫化している私の使い魔に思わず思念伝達で声を掛けてしまう。
今は這々の体で私のドルイドマントのフードの中に引っ込み、恐らく不貞寝でもしているはずなのだが。
………。
返事は無い。
ただのしk───って、そうなられてても困るんだけども、弥七っつぁん。
『……………うっせぇ。メグとは暫く喋らんぞ』
するとかなりお冠な様子の声が返ってきた。
あはは、ごめんよー。
必ず埋め合わせはするから!
『……これで借金2だからな。覚えとけよ!』
おぉう、がっちりしてるなー、私の黒ジャガーは。
この思念伝達でかなり気持ちが上がった私だったが、そこで眼前に派手な彫刻の施された大きな観音扉が現れた。
それまで私たちを先導してくれていた高貴そうな闇のエルフの青年が、その両側に立っていた衛兵たちに指示して扉を開けさせる。
徐々に開かれてゆくその先は、私が思ったよりもかなり明るく、相当な広さのきらびやかな空間がそこにはあった。
そしてその一番奥にある玉座と思しき場所から艶めいた女性の声が響いてくる。
「よう参られた、魔法使いリワ殿───スヴァルトアールヴヘイムの王女ヘルヤの名において、そなたを歓迎しようぞ」
寝落ち後起きて書いていたらこんなに遅くなってしまいました
そんな訳でまた誤字脱字加筆修正すると思いますが、何とぞよしなに願います
【’24/11/22 誤字脱字加筆修正しました】