スヴァルトアールヴヘイム【8】
黒い馬車内での一悶着の後、外見のみ変身魔法で里和ちゃん化している私は、再び小猫化した使い魔の弥七と共に、マーガレットさんの母親の故郷でもあるスヴァルトアールヴヘイムへと一歩踏み出した。
別段、実際の香月真夜にとっては全く無縁の場所だったのだけれど、今こうしてこの場所に立ってみると何だか不思議と感慨深いと言うか……それはやはり、マーガレットさんの記憶のせいなのだろうか?
「リワ様、どうぞ───」
先ほどまで、げんなりした表情になった私の従魔たる鯖トラ小猫を、年相応にはしゃいだ様子で抱きしめていた女の子とは思えない大人びた所作で、便宜上私をエスコートしてくれてるアマリアちゃんに導かれながら私が馬車からゆっくりと下車すると、眼前には一種異様な光景が広がっていた。
夕暮れのような薄闇が赤黒く見える空間の中、その城は見る者を威圧するかの如く暗澹と存在していた。
確か、スヴァルトアールヴヘイムってこの世界の下層───地下世界に存在しているって言ってたはずだよ、ね?
私は首を捻りながら、この仄暗く奇っ怪なくらい広い空間を圧するように聳え立つ、ルネッサンスゴシック様式に似た蛇紋石っぽい石材で装飾された石造りの巨城『桂魄の宮殿』を見上げ、思わず息を飲む。
城の周囲は空なのか巨大な地下洞穴の中なのか、赤く滲んだ黒い霞のようなものに覆われており、それが意図的にスヴァルトアールヴヘイムの全容を押し隠しているかのように映った。
それはまるで、『光芒の宮殿』を初めて訪れた帰り道、アールヴヘイムでの黒グニャでモヤモヤとした不気味な黒い魔障の影の軍団や、イティプ・アプクの魔鉱山で遭遇した、やはり黒々とした靄みたいな悪霊たちを彷彿とさせるものだった。
───ここって最初からこんな感じだったんだろうか?
美女エルフの話によると、スヴァルトアールヴヘイムはこの世界の地下世界にあるらしいのだが、それは所謂私なんかが想像している地下世界とはまた意味合いが違う場所なのだという。
常にこの世界の中心にあるのは世界樹であり、その世界軸から総ての宇宙が繋がっており、この世の理とその秩序のバランスを保っていられるとの事で───まぁ、情けない話、私が辛うじて理解できたのはその触りの部分程度で……。
正直、里和ちゃんからこの話を聞いた時、あまりの数式やら物理用語やら科学的根拠やらの理論の強烈な羅列に、私には何のこっちゃ過ぎて途中から馬の耳に念仏と化していた訳で。
更に滔々と自分の研究成果をじまn……もとい、私に向かって演説し続けようとしたので慌ててそれを遮り、よくそれだけ頑張って学んで研究したもんだね、とそれについて我ながらわざとらしく拍手喝采を送ると、彼女はふっと遠い目になり、
「あたし達種族には無駄に時間があるから、ね……香月もこの世界の混沌な奥深さを学ぶといいよ───底無しだから」
と怖い事を言ってきた。
いや、御免被るんですが……!
私がその現実にくらくらしながら、それでも表面上は平静を装い、黒いベルベットのドルイドマントの懐から柄頭に大きめのホワイトオパールがついた例のサンザシの魔杖を取り出して右手に持ち、意識的に背筋をぴんと伸ばす。
そんな私を見た青みががった白髪の美少女が流石に少しぎょっとした様子で、それまで片手で押さえて開いていた馬車のドアを手放しそうになり、かなりコミカルな動きで慌てて体勢を立て直していた。
予想外に変に驚かせてしまったそのアマリアちゃんについ苦笑を漏らしつつ、更に里和ちゃんよろしく威厳を保ちながら石畳の路面に颯爽とした身のこなしを意識しつつ降り立つ。
正直、内心は鬼のように心臓ばくばく状態だったりするのだが、一応アールヴヘイムの使節団の長として振る舞いには細心の注意を払わねばならない。
「ようこそ、魔法使いリワ様───過日は我らの交渉使節団を迎え入れて頂き、心より感謝する」
気づくと、そこには幾人かの正装をした闇のエルフやドワーフなどがおり、その中でも一際目立つ高貴そうな背高い闇のエルフの青年が私に向かってそう声を掛けてきた。
毎度睡魔に勝てなくてすみません
また後ほど続き書かせて下さい
【’24/11/15 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/01/12 微修正しました】