スヴァルトアールヴヘイム【3】
「あ、お帰りなさい、カイル」
流石に私が特に動揺することなく、黒髪の青年のふざけた言葉にそのまま笑って背後を振り返ると、なぜか私の顔を見るなりたじろいだ様子であからさまに視線を外してきた。
……何だろう、そのおかしな態度は?
私が少々戸惑いながら首を捻っていると、その私たちの反応を見た私の兄になってくれようとしている美青年は、にこにこしながらそんなカイルに向かってモロ茶化すような口調で声をかける。
「おいおいカイル、変なヤキモチの焼き方してんじゃないよ───でも、可愛い私の妹にお帰りって言ってもらえて良かったな」
「ヴィンセントs……お兄様、からかうのはやめて下さい」
「ばっ……ヴィンになんかヤキモチ焼いてねーし!真実を言ったまでだ─── って、いいからさっさとグリフィス様の話してやれよ」
珍しく取り乱した様子で私の両肩に手を掛け、強引に対面のヴィンセントさんの方にぐいっと私の体を向ける。
私なんかより余程この二人の方が仲の良い兄弟みたいだな、とつくづく思う。
私自体はそれに対して地味に嫉妬ってしまいそうだった───と、言うより、嫉妬してしまっていた事をたった今自覚してしまった、かも……!
その私の肩をすっぽりと覆う、カイルの意外にほっそりとしている大きめの手にふと視線を落とすと、それが真っ赤に染まっていることに気づいた。
あれれ、手までこんなに赤いと言うことは───
心做しか私のブラウス越しの覆われた両肩がじっとりと熱っぽい。
……男の人って、純情なんだか大胆なんだか……よく判らんかも。
ただ、ちょっと……可愛いかも、とは思ってみたり。
そんなカイルと私の心中を知ってか知らずか、私の事実上の美麗な兄は若干話し難そうに切り出した。
「───あぁ、そうだね。この話をすると、裏切りと思うか純愛だと思うか……人によって結構是非が分かれるんだよね」
マーガレットさんの母はある程度聞いていた通り、スヴァルトアールヴヘイム出身の闇のエルフ───デックアールヴであり、当時のスヴァルトアールヴヘイムの親善大使団の一員としてアールヴヘイムに来訪したのだそうだ。
その中には当時のスヴァルトアールヴヘイムの王・エルキングの娘───ヘルヤもおり、マーガレットさんの母親はその従者かつ護衛の役目も担っていたかなり優秀な女性だったという。
当時は今ほど関係は拗れてはおらず、それでもそれは飽くまで表向きだけの話であり、裏では互いに微妙に牽制し合っている情勢だったらしい。
とは言え、根っこを辿れば太古同族───原始エルフであった両族は、永い時を経ていつの間にか闇のエルフ達が抱えていたライバル心以外は、それなりに良好とも言える関係を築いていた時期もあったらしい。
ただ、ここからが私の想像以上の話だったのだが、マーガレットさんの母は実際は現在の騒動の火種となった切っ掛けを作った密偵かつ暗殺者であったという。
私がその事実に惘然としていると、ヴィンセントさんは少し困ったような表情になりながらそれでも話を続けてくれていた。
「私が親父殿の仕事を任せられるようになったのは、まさにマーガレットの母親のローズマリーさんが直接原因でね───当時はリラと名乗ってたんだけど、その時つき添ってきたエルキングの娘・ヘルヤがまた震いつきたくなるような美女というやつで、アールヴヘイム滞在中はどれだけの連中が彼女の蠱にかけられ虜にされてたか……その後始末がとにかく大変そうな印象だったよ」
……まぁ、自覚してる美人にありがちな話なんだろうけど。
王女でもあるヘルヤさんは自分がその場の中心にいることに快感を覚えるタイプだったのかな?
そんな過去の出来事を話している当の本人が、そのスヴァルトアールヴヘイムの王女様に負けず劣らず婉麗な容姿で、薄めの鴇色の唇から少々過激な調子で話は続く。
「案内役だった親父殿も常にヘルヤにモーションかけられてたんだけど、気づけば逆に全く靡かない親父殿にヘルヤが首ったけになってたのには、流石の私も驚いたよ───やっぱ悪意のない天然な人たらしは厄介だなって───だって親父殿、自分が愛してしまったのはリラ───マーガレットの母親だって正面切ってヘルヤの求愛を断っちまったんだよ、あの馬鹿正直は!」
ち……父親?
再び発動したヴィンセントさんの外見にそぐわない畜生に、私はただひたすら苦笑いするしかなかった。
どっちが親だか判らない方向で。
でもまあ、仲がいいからこそなんだろうな、と勝手に解釈しておくことにする私であった。
どうでもいい部分で悩んだ挙げ句……ごめんなさい、また後ほど続き書かせて下さい
っつーか、誤字脱字加筆修正しますので何とぞよしなに
【’24/10/25 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/03/30 微加筆修正しました】