スヴァルトアールヴヘイム【2】
そんな風に私の兄になってしまった美青年は言ってくれてはいたが、この場合の『マーガレット』は飽くまで私───『真夜』の事ではなく、約400年前に眠りについてしまった父親思いの可哀想なマーガレット・マクシェインさんの事なのである。
そして麗しの吟遊詩人たるヴィンセントさんは、私たちが以前にいた世界の家族と期せずして引き裂かれてしまい、その一人娘さんの面影を妹のマーガレットさんに重ねていたのだから。
そうなると聖女のようなマーガレットさんと俗に塗れた私なんかじゃ比べようもない上に、代わりになんぞなろうはずもない訳で───こうなったのは私のせいじゃないとは言え、逆に鬼のように申し訳なく思ってしまうぐらいで。
なのにその現実に変にがっかりしてしまっている自分がいて、それがあまりにも滑稽で、自分のおかしな強欲さにはほんと辟易してしまう。
今だって充分に良くしてもらっていると言うのに、私はそれ以上に何を求めてしまっているのか。
恥を知れ、恥を───
自分を諫めつつ、私は努めて平静を装いながら、里和ちゃんの使い魔のピリカちゃんがシルバーのトレイを持ってこの部屋を辞したところでようやく口を開いた。
「それでヴィンセントさん、少し詳しくマーガレットさんの話とか、父君のグリフィス様のお話、伺ってもいいですか?」
アールヴヘイムの崩壊やその襲撃、スヴァルトアールヴヘイムとグリフィス様がどう関わり、そこからミズガルズの国々をも巻き込んで───なのか、逆に様々な利権なんかが複雑に絡み、向こう側からわざわざ巻き込まれに来ているのか?
そしてその中心にいるのが、魔術士マイケル・ファーマンことマックス坊っちゃん、なのか?
更にその背後にまだ黒幕が存在していて、それがまさかあの老ゴブリンだとでも言うのか……?
そう言えば、マイケル・ファーマンの分身のミッシャが───
そう思い出した途端、移動拠点で襲われてしまった時の悲惨な光景が一気に奔流のごとくフラッシュバックし始める。
それに私が急激に胸が悪くなり、目眩を覚えていると、それを断ち切るかのような玲瓏なテノールが私を現実に引き戻す。
「あぁ、もちろん!───済まなかったね、こんな愚痴を聞かせてしまって。ただ真夜さんがあまりにもマーガレットの佇まいと似ているものだから、つい……以前彼女に話してたみたいに喋ってしまったよ。あの娘ともよくこうして一緒にお茶を飲みながら、私のしょーもない愚痴につき合ってもらってたっけ」
私の兄になってしまった美青年は照れ臭そうにそう言うと、ガラスのティーカップを優雅な所作で手に取り、何だか満足した様子で喉の乾きを潤すように一口啜った。
え、私が……似て、る?
マーガレットさんに??
そりゃ私の外見自体は彼女そのものなんだけど、カイルは私がマーガレットさんだって認めないって最初に言ってたし、中身は全然似てるはずが───
私がぽかんとしていると、そこで透かさずヴィンセントさんは私に向かって釘を刺すのも忘れない。
「でもね、真夜───また忘れてるよ? 私は君の───?」
……あ。
「ヴィンセントお兄様!」
油断するとうっかり忘れてしまう。
仮初めの兄妹とはいえ、今はまだ本当の兄妹のように振る舞わないと。
「うん、それがいい───実際私たちは片親とはいえ、本当に血が繋がってはいるんだからね。何かあったら遠慮なく私に頼るといい。無理にとは言わないが、私はこちらの世界では本当に君の兄になれればいいな、と考えているんだよ」
───!
その私の兄になってしまった美麗な金髪碧眼のエルフの言葉は、渇き切った私の心に清涼な水のごとく染み込んできた。
ヤッバ……何でそんなこと言っちゃうんだろ、この人。
「……ヴィンセントお兄様、妹口説いてどうするつもりなんですか?」
「えっ…… ⁉ 何言って────じゃ、『お父様』と呼んでもらっても!」
「お兄様、それはお断りします」
それ、まだ諦めてなかったんだ……。
そっちのがもっとヤヴァいでしょ!
元の世界で肉親に恵まれなかった私は苦笑いしながら、そんなちょっとお茶目な相手の優しさに心底感謝するのだった。
するとそこで噂をすれば何とやら、でまた背後から、最近やっと聞き慣れてきた青年の声が礫のように後頭部にこつんと飛んでくる。
「まぁ、ヴィンは父親のグリフィス様に負けず劣らず天然の女っ誑しだからな……気をつけろ、真夜」
ゔーん……なかなか話上手く進められなくてすみません
最近ほのぼの多めかも
【24/10/21 加筆修正しました】
思っきし言葉遣い間違ってました……削除訂正しました
他に言い方あったかなぁ……(懊悩