スヴァルトアールヴヘイム【1】
月暈の宮殿から『妖精の宿』に戻ってきたヴィンセントさんは疲れ切っていた。
「もう嫌だよ、あの人たちに会うの……何でこう、スヴァルトアールヴヘイムの人たちってねちっこいんだろうな」
滅多に愚痴など零さない私の兄になってしまった金髪の美青年は、帰ってくるなりソファーにスライムみたいにへたり込んだ。
私とカイルも茶髪の竜人のいる烙印の沼から戻って来たばかりだったのだが、暗い森を通り抜けるあいだ黒髪の青年はずっと心ここにあらずといった風情で、流石の私もそれにはかなり不安な気持ちになっていた。
そのせいか戻るなり私を黒ジャガーと可愛いゴスロリ少女に預け、まだ月暈の宮殿から戻らない美女エルフのところへ慌てた様子で早々に出掛けていった。
私が烙印の沼でのあの失態で怒涛のように落ち込んでいる間に、サーシャと何かあったようなのだが……。
何せここへ戻る道中、思い切って一度そのことを訊いてみたのだが、あぁ、何でもないよ、と一言話したきりでそれ以上は続かず。
相変わらずの黒髪の青年の素っ気なさに溜め息をつく。
カイルは嘘が下手だが、それでも喋らない義理堅さのある不器用で優しい人だ───茶髪の竜人が気に入らないのは確かなんだろうけど、そんな相手でもきちんと筋を通そうと行動してくれる。
だからこういう場合、どちらかがいつか話してくれるまで信じて辛抱強く待つしか術はない。
そんな訳で、目下私は麗しの吟遊詩人かつ王弟の息子たる兄上様に、私達の父君であるグリフィスさんの話を訊こうとしていた。
とは言えそれ以前に、今回のアールヴヘイム襲撃事件に関して、なぜかスヴァルトアールヴヘイムの重鎮さん達が難癖……もとい、苦情を言ってきたらしく───
「そりゃ切っ掛けはうちの親父殿だったさ。だからって、そもそも吹っ掛けて来たのは向こうのはずなのに、今回の件で風評被害を被ってるから賠償金よこせって、どの面下げて言ってくるんだか!」
おおぅ……ヴィンセントさん、荒れてるなぁ。
いつもはエレガントなお兄様とはとても思えない口調だが、不思議とその日本語訛がしっくりくるのは仕方のない話なのかも知れない。
「肝心の親父殿は、先の黒い火竜との戦いで勝手にコケて頭打って即座に退場とか、それが原因でなぜかギックリ腰併発とか、あり得ないんだけど!」
その事実に思わず私は吹き出してしまっていた。
エルフがエルフの一撃───さもなくば魔女の一撃とか、質の悪い冗談にしか思えない。
だからあの場にいなかったのか。
あの時は夢中になってたから全く気づかなかったけど。
後から聞いてた話と何か違うなと地味に思ってたら、そう言うことでしたか……ははははは。
私もあんま人のことはどうこう言えない所業をかましてるからなぁ───まぁ、その辺りは、全く事情を知らない人達から見れば、ある意味似たもの父娘とか思われてそうかも。
「とにかく! 親父殿にはきっちり責任取ってもらわないとおれ……もとい、私の気が済まない ‼」
畜生的なヴィンセントさんの怒りの発露に、思わず拍手を送りたくなった私なのであった。
「……ヴィンセント様、もうその辺になさったらいかがですか? またグリフィス様泣いちゃいますよ?」
そこでお茶を運んできたピリカちゃんが、多少呆れた様子で口を挟んでくる。
しかし愛らしい声で諫められても、今回の金髪の貴公子には全く響かないようだった。
それを確認するまでもなく、ゴスロリ少女は肩を竦めながらそんな流麗な金眉を逆立てる吟遊詩人の前に、エキゾチックな柄の入ったガラス製のティーカップを静かに置く。
「おれはその親父殿の軟弱さ加減が気に入らないんだ! 面倒事は何でもかんでも結局私が受けることになるんだから ‼」
あららららら……兄上様かなり手厳しい。
でもそれって、ヴィンセントさんが優秀で頼りになる息子さんだっていう証でもある気がする私であった。
そんなことを考えながら、私もピリカちゃんから芳ばしい湯気の立つ同じ柄のティーカップを受け取りつい苦笑してしまう。
「………でもまぁ、その軟弱さのお陰で私にはマーガレットという可愛い妹ができたんだけどね。それには感謝してるんだけどさ」
一通り愚痴をぶちまけ溜飲が下がったのか、ヴィンセントさんはひとつ嘆息しながら何処かバツが悪そうに私に向かって軽く笑いかけるのだった。
あ、やっとマーガレットさんのお母さんの話が聞けそうな空気感になってきたかも。
本来は昨晩投稿する予定だったんですが、また寝落ちという悪い癖が出てしまいました
そんな訳でまた誤字脱字加筆修正してしまいますが、何とぞよしなに願います
【’24/10/20 誤字脱字加筆修正しました】
【'25/04/11 誤字修正しました】