スヴェイダ・ヴァトン【7】
その『妖精の宿』に戻る前に、私がミッドナイトブルーのドルイドマントの懐から茶髪の竜人に食べ物や衣類、日用品なんかの差し入れをどさどさと出している時であった。
それを黒髪の青年に手伝ってもらい、次々と沼の中へ投入してもらっていた。
揺らめきながら水底と思しき場所にいるサーシャの許へ、それらの品々がゆったりとしたスピードで落下してゆく。
美女エルフから、沼の外側からなら差し入れする事が可能だと言われ、私は田舎の母親よろしく思いつく限りの品物を大量に買い込んで持参していたのだ。
カイルからは、引っ越し荷物ぐらいあるな、と眉間にシワを寄せながら言われてしまった。
うぬぬ……こりゃ後でカイルにも何かで埋め合わせしないといかんな、と思う。
黒髪の青年も私の警護が仕事だとは言え、結構……いや、かなり私に余計な真似させられちゃってるとは思うし。
そんな烙印の沼の仕組みはやはり不可思議で、元は太古の偉大な魔法使いが作った魔法らしいのだが、その時は単純な封印魔法であったという。
それが永い時を経て、様々なドルイド・ドルイダス・魔導師たちなどによってアレンジ・改変され現在に至っているのだ。
無論、その一番殿にいるのが、独自アレンジ好きの里和ちゃんだったりする訳で───
そもそもがアールヴヘイムで害をなした重罪人などを投獄するための場所であり、この広大な暗い森の中の至る所に様々なタイプの烙印の沼が点在しているとの事───つまり、その罪人に合わせてカスタマイズできる監獄らしく。
それまでは誰かが必ず常駐して見張っていなければならなかったらしいのだが、現在は美女エルフのお陰で、魔鉱石で作製した水晶球のコントローラーで遠隔操作をし、様々な事が出来るようになっているという。
例えば、見張りはもちろん、脱走防止のセンサーや罠の管理、食事の配膳や食器の片づけ、衣類の支給と洗濯、ゴミ出しなどである。
トイレや洗面台、シャワー、簡易キッチンなんかも上から見えないだけで中に入れば一通りあるらしく───とても重罪人が入るとは思えないほどのビジネスホテル並みの設えで、何という人道的な牢獄である事か───と、驚くばかりの話であった。
その快適さのお陰か、中途半端に烙印の沼から脱走しようとする者が減ったとか何とか───ただ脱走はほぼ不可能な仕組みなのでやるだけ無駄、と考えての事でもありそうだけど。
そして一番の謎は、水中にも拘らず普通に呼吸ができて、水などの液体が使えるという───まぁ、この沼の水というのがある意味液体ではないらしく、俗にエーテルと呼ばれている魔力を素にする流動体のようなもので満たして魔法で封じているらしい。
里和ちゃんから滔々と物理学的には、だの、化学式は、だの、錬金術的にも、だの訳の判らない説明を散々聞かされたのだが、私にとっては馬の耳に念仏、右耳から左耳に受け流しているだけで終わっていた。
要するに、魔法で液体に似せて見せているだけで、実際は濃度と密度の高い気体なのだというだけの話ではあった。
最初からそう言ってよ、と思ったのは言うまでもなく。
とは言え、実物を見ているとそれだけでは説明のつかない現象も多そうで、それは恐らく、美女エルフが話してた最初の長ったらしい講釈の中にあったんだろうな、と理解することにした。
私がそんな事を思い返しながら最後の荷物をマントから出し、ようやく一息ついた時だった。
カイルは現在、雉撃ちに行っている。
それまで私たちが烙印の沼に次々と投下していた差し入れの品々を、受け取っては中身を確認し嬉しそうにしていたサーシャが、不意に何か思い立ったかのような表情で私に向かって声を掛けてきた。
「メグっち、お願いがあるんだけど」
「んー? 何?」
「ボクに祝福をくれるかい?」
「祝福?」
祝福って、あれか……?
キリスト教とかがやる儀式的な───って、私そんなのやり方知らんぞ。
つか、そもそもこの世界にはキリスト教なんか無かったはず。
って事は、この世界でメジャーな宗教のトスリッチ教かなんかの教義にある儀式か何か、か。
わざわざ無知な私を指名してくるぐらいだから、そんな小難しいことじゃないの、かな?
「私に出来ることなら───」
「もちろん、メグにも出来る簡単なことだよ。じゃあ、ボクのところへ来てくれる?」
え?
いきなり無理難題なんですが……。
「サーシャ、それは出来ないよ?」
私いま、アールヴヘイムじゃー悪徳魔法使いとして名を馳せているんだから……括弧笑い。
「ふふっ、大丈夫。ボクが逃げ出すのが駄目なだけで、そちらからは出入りは自由なんだよ───ほら、早く」
………え、嘘。
そんな話聞いてないけども。
私はゆっくりしゃがみながら茂る草花をかき分け、恐る恐る沼の水面に右手を差し入れる。
この章、こんな長くなる予定じゃなかったんですが……うーん
そんな訳で、まいど誤字脱字加筆修正するとは思いますが何とぞよしなに
【’24/10/15 誤字脱字加筆修正してます】
【'25/04/11 誤字修正しました】