スヴェイダ・ヴァトン【5】
誰ですか、それ……?
私は黒髪の青年の右腕に齧りつきながら首を捻る。
しかし───
「やっぱりそうか。選りに選ってグリフィス様の案件とはね……エルキングが絡んでるなら、すぐにでもヴィンとリワに報告しなきゃならないな」
再び頭の上からそんなカイルの変に納得したような声が、私の頭蓋骨に直に重々しく響いてきた。
マーガレットさんのお父上の案件って───?
やっぱりカイル、何か知ってて……!
だが私の小さなレジスタンスは丸無視である。
そこで一気におかしな徒労感に見舞われ、私はひとつ大きく嘆息する。
「……その前に、私の頭はカイルの顎置き場じゃないんですが───つか、いい加減放してよ」
気づけば両腕で動きを封じられ、いつしか無駄な抵抗をする気力も消え失せていた私であった。
赤子の手を捻るとはまさにこの事なんだろう───それでもなお黒髪の青年が、私が怪我しないように動いてくれているのも何だか凄く伝わってきて、それがまた妙にやたらと癪なのだった。
魔法を完全に封じられると、私、間違いなくこの世界じゃ速攻終了、じゃ……?
そう思い至り俄にぞっとする。
ちくしぉー、今度イアンさんに護身術とか習わんと!
とは言え、今更ながらサーシャの前で散々無様な醜態を晒させてくれてありがとう、と皮肉りたくもなる。
そこで何故かカイルは、徐ろにそのまま後ろから私の体をぎゅっと抱きしめてきたかと思うと、左耳元に顔を寄せぼそっと訊ねてきた。
「……何もしないって約束できるか?」
ざわざわざわっと背筋をぞくが走る。
やぁーめぇーてぇーーーーーっ!
その熱い吐息とともに吹きかけられた言葉に、私はぎくりとして内心悲鳴を上げていた。
そしてそれを隠すため、殊更大きな声で叫ぶように相手を糾弾する。
「逆にこの状態で何ができるのか、私が教えて欲しいぐらいなんですが!」
「あんたは明後日の方向から、俺たち凡人の想像もつかない真似を平気でしてくる人だからな」
誰が凡人だ、この超人め!
もー、面倒だからこの際───
私はあからさまに大きな溜め息をひとつ吐くと、ぐいっと右手で相手から上体を離して宣言する。
「判りました! 約束するから、お願いだから放して」
と言っても、それは飽くまで私が制御できる範囲であって、それ以外は基本無理なんだけども……と思っていたのは内緒の話なのである。
「あ、メグっち、それって───」
そこでこの沼の主のようになってしまった茶髪の竜人が口を挟む。
ん?
私がその茶髪の青年に気を取られていると、不意に体が反転させられ黒髪の青年に相対する形となる。
んん?
「……………………判った」
何だ、今の微妙な間は?
何、その変に真剣な眼差しは?
私は首を捻りながらぽかんとした阿呆面になり、私がうっかり白くしてしまったカイルの端正な容貌を見ていると、すっとそれが私に向かって寄せられてきた。
げっ⁉
咄嗟に前に出した私の右掌が、奇跡的にも黒髪の青年の顔面にクリーンヒットしていたのは言うまでもなく───
あーあ、と言うサーシャの含み笑いが聞こえてくる。
「流石のカイルもメグの前じゃ全然形無し、だね」
更に駄目押しで両手で相手の顔をブロックしていると、その手の隙間からぼそっと黒髪の青年が声を漏らす。
「放っとけ───この奇想天外なところがいいんだよ」
きそぉてんがい……………やっぱ、何気に莫迦にしてるよね、それって。
「そうだね。ボクもそんな二人が大好きだよ」
想定外の茶髪の青年の、そのどこか淋しげながら輝くばかりの満面の笑顔に、期せずして私の胸は思い切り射ち抜かれていた。
うわぁ……男の子サーシャってこんなに愛らしかったかな?
無類の可愛いもの好きの私にはそれが堪らなくツボなのであった。
「……俺はお前なんか御免だ。真夜の好意をあっさり持ってちまうんだからな」
カイルが溜め息混じりでそんな私の両手を除け、茶髪の竜人をぼうと眺めながら紅潮している私の表情にげんなりした様子でそう口を開いた。
因みに、後で私がライカちゃんから聞いた話によると、こちらでは恋人同士が約束する場合、その誓いとしてキスを交わす風習があるとかないとかで……ほんまかいな。
でも、そう言うのは予め両人でそれを了解していないと成立しないと思うんだ、私は。
現に私は知らなかったし、知らされもしなかった訳だし……。
そしていつものように私が変な事柄に勝手に翻弄され、地味に懊悩していると、サーシャが困惑げにくすりと笑いながら私が思ってもみなかった話をしだした。
「とにかく、エルキングの話は嘘だから、何言われても信じちゃ駄目だからね、メグっち」
えっ……嘘 ⁉
そうだ、エルキングって───
「それってあの老ゴブリンの事なの?」
「そうだよ───千年以上前、このアールヴヘイムも統治支配していた妖精王だったゴブリンだよ」
うーん……思わず手が滑ってこんな話の流れになってしまいました
まいど誤字脱字加筆修正すると思いますが、何とぞよしなに願います
【’24/10/13 誤字脱字加筆修正しました】
【’25/01/07 誤字修正しました】