スヴェイダ・ヴァトン【4】
あっと言う間に烙印の沼に到着し、サーシャの朗らかだけど何処か淋しげな笑顔を見られた事で、私はほっとしたと同時に地味に得心する。
色んな意味で鈍な自分の脳天に、漢字でドンドンドンと重量級の『鈍』が落下激突してくる心地を味わっていた。
要するに、私の鈍足につき合っていたらいつまで経っても目的地に着かないって事だった訳だ……なるほどなるほど。
我ながらそう言うことに鈍感過ぎるわー……。
いや、別段黒髪の青年が私に対して当てつけがましくそうしていた訳ではないのも判ってはいる───そもそも親切心でその方がいいと判断してくれた事も知っている。
頑張って気を回したつもりでも私の場合、それは大抵空回りかお門違いになってしまう場合が多く……我ながら言ってて嫌気がさすほどだ。
「メグっち、どうしたの? 元気ないけど」
そんな私の様子に、そこの中から炎瑪瑙の如き寂光の双眸が、私たちを心配そうに見上げていた。
サーシャが封じ込められている場所は沼と言うより、暗い森の中に存在するに相応しく暗く透明な泉のように見えた。
そしてその水中に、確かに茶髪の竜人はいるのだった───正確に言えば、監禁され封印されてしまっている訳なのだが。
ここへ来る前にピリカちゃんから念を押すように注意を受けてきたのだが、そこから許可なく無理に出ようとすれば更に沼の奥底に引きずり込まれ、それを何度も繰り返すと永遠にそこから脱出することが不可能になってしまう怖い仕組みになっているらしかった。
だからサーシャを助け出そうなどどおかしな真似はするな、と。
それで沼、なのか───
私が内心唖然としながらも、表面上は何事も無かったかのように茶髪の竜人に向けて右手を横に軽く振り、笑顔を見せながらその沼を覗き込みつつゆっくりとしゃがみ込む。
やっぱり火竜だから水中で封印されてしまっているのかな?
私がもっと中を覗き込もうとして、沼の周囲に茫々と生い茂る草むらに両手を突こうとしていると、当然のように背後からがっしりとした右腕が私の胴に回され、判りやすくそれは阻止された。
「───あぁ、色々ばたばたしてたから、少し疲れてるようだ」
そしてその私のうしろの○太郎よろしく、黒髪の青年が私に代わってサーシャに溜め息をつきながら面倒臭そうに答えてくれていた。
私は猫の子みたいにカイルに抱っこされ、ぶら下げられながら、それでも不本意な状態に背後の相手を睨みつける。
落ちないし、何もしないし───!
黒髪の青年は全然平然としていて、そんな私に対してどこ吹く風だ。
こういう場合、涼しい顔のイケメンほど癪に障るものもなく、私はますます怒髪天状態になってその右腕を自分から引き剥がそうと躍起になった。
ところが、である。
「………ごめんね、メグっち。それってボクのせい、だよね」
私がカイルの腕の中から逃れようとジタバタ足掻いていると、茶髪の竜人はますます暗い表情になり、意気消沈したまま謝罪してくる。
そのサーシャの人格が変わったような憔悴しきった姿に、私はぴたりと動きを止め瞠目する。
「えっ? 違う違う……! 私が勝手に自己嫌悪して自家中毒みたいになっちゃってるだけだから、ね?」
我ながら焦ってあわあわとおかしな動作でそれを全否定し、近くに行って慰められない現実に歯痒さばかりが先に立っていた。
とにかく早く、こんな陰鬱な場所から解放してあげたい。
明るくて快活でお茶目で、本当はとても優しいサーシャに戻って欲しかった。
しかし───
ここまで来たはいいが、私はあの不気味な謎の老ゴブリンの頓には信じ難い話を、どう切り出したらよいのか実は鬼考えあぐねていたのだ。
私はそれを聞いてどうしようと言うのだろう?
百歩譲ってもしそれが真実だったとしたら、私はサーシャに一体何ができると言うのだろうか?
そう思うと急に胸の内を臆病風が吹き荒れだす。
そこでようやく、茶髪の竜人は困ったようにくすりと失笑してくれた。
アルカイックなその微笑みに胸を突かれる。
「そのメグっちのおかしな表情……あのエルキングから話を聞いたんだね」
───エルキング?
睡魔に勝てないのでこの辺で
毎度誤字脱字加筆修正すると思いますが、何とぞよしなに
【’24/10/11 誤字脱字加筆修正しました】
【'25/04/11 誤字修正しました】