スヴァルトアールヴァル【6】
「リワ様リワ様! こちらにヴィンセント様いらっしゃいます?」
そんなアルトの女の子の声と同時に、想像以上に荒々しく扉が開かれる。
そのドアの風圧で、名指しされた美女エルフの目の前にあった書類の山から複数枚が勢いよく宙を舞う。
私が慌ててそれを拾うために立ち上がろうとすると、里和ちゃんは苦笑しながら首を振ってそんな私を制した。
そして大きく開かれた扉からは、前髪ぱっつんなツインテでゴスロリファッションに身を包んだローティーンの愛らしい少女が、ぜぇぜぇと肩で息をしながら必死の形相で姿を現していた。
「ピリカ? いるよ〜……って、今逃げ出そうとしてるー」
それとはかなり対照的にやけにのんびりした口調の里和ちゃんは、未だ数枚が宙を舞う散乱した書類を、綺麗な結晶のクリスタルがついた大きめのオークの魔杖を振りながら魔法で集め、また目の前の紙の山にしゅるしゅると積み上げてゆく。
私の隣で深々と座り込んでいたはずの私の兄になってしまった金髪の美青年エルフは、気づくとこの部屋の奥にあるドアの前に立っており、今まさにドアノブに手を掛けようとしていた所だった。
あれれ、いつの間に?
「あーっ! もうっ、スヴァルトアールヴヘイムから使者様到着されるんですから逃げちゃ駄目ですよ ‼」
ピリカちゃんがその外見にそぐわぬ勇ましい口調で叫び、驚くほど身軽に跳んだかと思うと、軽々と私たちの座るソファーセットを飛翔するかのように越えてゆき───いや、気のせいか一瞬、本当に彼女の両腕から翼が出現して羽撃いたように私には見えた───あっと言う間にヴィンセントさんの背後まで追いついてしまっていた。
あー、お兄様が可愛いゴスロリ少女に捕獲された。
「───って、スヴァルトアールヴヘイム?」
そこって確か、里和ちゃんの使い魔の銀次君が……?
ついその長閑な光景に失笑しながら、私が聞き覚えのあるピリカちゃんが話した言葉の内容に首を捻っていると、いつもの背後から無愛想な声でぼそりと言葉が降ってきた。
「俺た……俺の故郷だよ、スヴァルトアールヴヘイムは」
へ?
その黒髪の青年の言葉に驚いて思わず私はばっと後ろを振り仰ぐと、ふっと軽く微笑む切れ長の優しげな黒瞳と搗ち合い、今度は顔がかあっと熱くなるのを覚える。
ヤヴァい───いい加減慣れろ、私!
ってか、カイルの故郷 ⁉
背後のカイルの端正な顔から焦って視線を逸し、私は自分の両掌で頬を覆いながら熱が冷めるのを待った。
どう言う───あ……!
ミズガルズに初めて来た時、アイラーツァでの黒髪の青年とのやり取りが脳裏に閃いた。
『俺は闇のエルフとハイエルフのダブルだよ』
あー……そうだった。
でもそれって───?
私が腑に落ちないまま茫然と考え込んていると、今度は大きな掌が私の頭にぽんと乗せられたかと思うと、子供の頭をくしゃくしゃとするような仕草で軽く撫で回される。
「ヴィン、いい加減真夜に説明してやった方が良くないか? このまま隠しててもいい事なんかないぞ───そうじゃなくても真夜は訳の判らないトラブルに巻き込まれてばかりなんだから」
すると、ピリカちゃんに金糸で装飾を施された白のジュストコールの袖をぐいぐいと引かれながら、私たちがいるソファーセットまでとぼとぼと戻って来たヴィンセントさんは、再度深く溜め息をつきながら諦めた様子で口を開いた。
「……何だよー………その辺はカイルが説明してくれてたんじゃないのかい?」
「………やっぱりそう言う魂胆だったんだな、あんたら」
私が頭の上にあったその呆れたように喋る黒髪の青年の手を両手で掴んで除けていると、今度は美女エルフが数枚の書類を蛇腹状に持ち、それに視線を落としながら少々厄介そうに話し始める。
「だってあたし達、ほぼ毎日がご覧の通りの状態でしょ? 正直、早く話してあげたくても周りと時間がなかなか許してくれないだもん。中途半端に話して正しく意図が伝わらなかったら、香月にとっては今この世界でまともに相談できる相手もいないのに……香月を悩ませるだけじゃあたし達も困るもの」
その里和ちゃんの言葉に、髪の毛をくしゃくしゃにされたままで私の目は点になる。
……………いやいやいや………充分、今現在も色んな意味で散々悩ませて頂いてたんですが。
眠くてしにそうなので、また後ほど追記等させて頂きとう存じます
【’24/09/22 誤字脱字加筆修正しました】