スヴァルトアールヴァル【5】
……………何ですか、涙の粒?
私は渡された透明なパチンコ玉大ほどの里和ちゃんの涙と思しき謎の物体を眺め、意味が判らずただ只管ぽかーんとしていた。
コレを私にどうしろ、と……?
「それを香月の左手の魔鉱石に落としてくれる?」
美女エルフはそう言うと、いつの間に出したのか柄頭に水晶がついた大きめのオークの魔杖を持っており、徐ろに目を閉じ小声で何事か呟き始める。
「秘密の───危険回避・防御、友の守護・援助、治療・再生・浄化の繰り返し」
それが詠唱だとすぐに気づいたのは、私が彼女の言う通りに涙の粒らしき玉を右手で摘み上げた途端にそれが黄金色に輝き出したからであった。
その小さいくせに太陽かと思うぐらいの眩しさに、ついうっかり目を閉じてそれを落としてしまっていた。
はっとして落としたそれを咄嗟に掴もうとするが、偶然にも上手い具合に私の左手の甲に貼りついてしまったウォーターオパールの上に落ちてゆき、そして吸い込まれるようにその中へ消え去った。
───うっわ……!
これも後にライカちゃんから聞いたのだが、ハイエルフの涙───または体液一般───は宝石になる場合があるらしく、里和ちゃんの場合は恣意的にそれを流す事が可能だそうで……俄には信じ難い話ではあるのだが。
因みに今回は水晶との事で。
「り、里和ちゃん……?」
「それは香月がピンチになった時のためのお守り───あたしからのお詫び。もう二度とあんな目に遭わせないからね」
えぇえぇ……… ⁉
私はその美女エルフの言葉に呆気に取られていた。
こちらの世界に来てから、こんな風に私に対して真剣な里和ちゃんを見たのは初めてかも知れない。
「……私に恨みがあったんじゃ───」
その意外な対応に、彼女に常に抱いていた疑問がようやく口を突いて出ていた。
訊こうとするたび何となく逸らされ、この世界で里和ちゃんの周辺で起こる畳み掛けるような事態に呑まれ、つい訊きそびれてしまっていた話だ。
すると今度は美女エルフがぽかーんとする番であった。
「は? 何の事??」
「いや、だって……私が約束破ったから復讐するとかって」
「だから、ソレは最初に否定してたでしょ。あたしが言ってるのは、あたしとの約束を忘れて反故にした事に対する対価をね、今アナタに支払ってもらってる最中な訳───逆に、あたしがあんな卑劣な真似すると思ってたの ⁉」
「………」
いや、謎のゴブリン襲撃がそうだとは思ってはないけども、ね。
対価って、基準が金銭換算感覚なのは今の里和ちゃんっぽくて解せないけど、それは世間一般で言う所の復讐とか報復とは言わない……のか?
「じゃ、思い出せばいいの? そしたら、私を元の世界に戻してくれるとか、もうその対価を返さなくていいとかになるの ⁉」
その私の言葉に、美女エルフのちょっと下がり気味の綺麗な蛾眉の間に小さく皺が寄せられる。
「無理」
そんな鬼のように端的な彼女の答えに、思わず座っていたソファーからズルっと滑り落ちそうになった。
何だかやっぱり有耶無耶にはぐらかされてる気が───
そこでそれまで黙って私達のやり取りを見ていたヴィンセントさんがくすくす笑いだした。
「里和はユニーク過ぎる頑固者だからね。こんな調子だし真夜もかなり大変だとは思うけど、彼女の周りの連中は私を含めてみんな君と同じ思いしてるんだよ」
「だな」
私の頭上から仁王立ち状態の黒髪の青年が、やはり端的にその言葉に深く同意してくる。
「あらららら〜、二人してあたしにそんな事言えちゃう立場なのぉ? 香月に同情したいなら、そんな風に言っちゃ駄目よぉ?」
………何、そのおっかない脅し方は?
「今回の涙のお守りの魔法だって、私の血じゃ丸っきり生々しい呪いの方向になっちゃうし、汗は体質的にかき難いし意識的に流すのはほぼ不可能だし───涎っていう体液の方向性もあったんだからね!」
いやいや、訳の判らない論理にも恫喝にも程がある。
取り敢えず●とか言われなかっただけマシだと思っておこう。
しかし美女エルフの涎って……一部のマニアが喜びそうだけれども、流石に私にはそんな趣味無いわー。
つか、結局脅かしてる時点で復讐じゃないって言う話には無理がある気がする私であった。
ところがそこで、再び廊下から誰かを探す可愛らしい大声が鳴り響いてきた。
ん? この声は───
それが聞こえていたであろうヴィンセントさんが、俄にそわそわし始める。
「じゃ、そろそろ私は……」
そう歯切れ悪くごにょごにょ言い淀みながらそそくさと立ち上がろうとしたところで、忙しなくこの部屋のドアがノックされた。
寝落ちが発動してしまうので、また今回も後ほど誤字脱字加筆修正させて下さい
何とぞよしなに
【’24/10/06 誤字脱字加筆修正しました】