スヴァルトアールヴァル【4】
「ヴィンセントさん?」
美女エルフの書類せいで雑然としたこの居間に、一気に豪華絢爛な白薔薇が咲き乱れたような錯覚に囚われる存在が現れた。
相っ変わらず綺麗な人だなぁ……。
思わず見惚れずにはいられない、その黄金のサラサラきらきらなロングヘアの麗姿───銀髪な里和ちゃんと並ぶとその魅惑の迫力たるや一幅の名画の如し、である。
なのに、このお方も外見を裏切るなかなかにユニークな御仁だったりする。
「あっ、真夜っ! 無事かっ ⁉」
その麗しの私の兄が珍しく髪を振り乱し、私に向かって噛みつかんばかりの勢いでそう訊ねてきた。
それに判りやすくたじろぎながら、こんな時、何をもって無事と言えばいいのか正直判らないけど、今回の場合は───
「全然無事ですから安心して下さい!」
と、返答するのが大正解のはず。
「……………」
すると今度は憂いを含んだ青玉の如き蒼眼がじっと見つめてくる。
えっ?
まだ何か────あ。
「ゔ、ヴィンセントお兄様!」
それ以上の呼び方はしませんよ、という眼力を込めてその清麗なアールヴヘイムの蒼空のような澄んだ双眼を頑張って見返した。
ちょっとでも気を緩めると、ヴィンセントさんのなよやかで艶麗な気迫に呑まれそうになってしまう。
そこでようやくヴィンセントさんはひとつ大きな溜め息をついたかと思うと、そのまま私の座っているソファーの隣りにへたり込むようにそのほっそりとした肢体を沈み込ませた。
「……そっか、襲撃者が奇怪なゴブリンだって聞いたから、またおかしな呪いを掛けられてしまったんじゃないかと───良かった、無事で」
あぁ……私自体はその壮絶な歳月を知りようがないけど、マーガレットさんは400年も呪われた月日を眠らされていたんだっけ。
きっとマーガレットさん本人も辛かったんだろうけど、それ以上にある意味見守るしかなかった周りの人達ももっと辛かったんだろうな。
「ご心配おかけして申し訳ありません」
私が悪い訳でもなかったけど、私がマーガレットさんになってしまった以上、他人事では済まされない気がしたので彼女の気持ちも汲んで謝っておこう。
こう言う了見は、我ながら情けないぐらい性根が腐っても日本人だな、と思わなくもない───自分が折れることで丸く収まるなら、とつい、自分がある意味楽になる方向に走ってしまいがちだ。
「いやいや、何で真夜が謝る必要があるんだい? 君は何も悪い事なんかしちゃいないだろ? 悪いのは君を襲った連中だよ───全く、何でそこまで………カイルが助けてくれたのかい?」
「………それが、俺の出る幕はありませんでしたよ」
「え……? それはどういう事なんだ?」
そこでまた雲行きが怪しくなってくる。
ヤヴァい───それ以上は訊かないで欲しい。
ぶっちゃけ思い出したくもない。
「あ、それに関しては、何とか従魔たちが頑張って追い払ってくれたんですよ」
と、言う事にしておこう。
私が笑顔を取り繕って必死に誤魔化していると、背後からハンマーの如き言葉が私の後頭部にクリーンヒットしてくる。
「───で、俺はあのゴブリンを殺ればいいんだな?」
ゴッ……!
その黒髪の青年の怒りに満ちた言葉に、私は思わずセンターテーブルに思い切り頭を打ちつけた。
すると、それまで黙って書類に視線を落としていた美女エルフが少々呆れた様子で口を開く。
「香月さぁ……残念ながら色々バレちゃってるから、ね」
え?
私が額を摩りながら里和ちゃんを見ると、意外にも真顔でこちらを見ている事に気づいた。
要するに、防犯対策のために仕掛けてあった邪念悪気除けの印章が破られてしまった時点で、あっさりすっかりとっくに私の状況が危ぶまれていた訳で。
そして後から美女エルフの現在のお弟子さんであるライカちゃんから聞いた私のその時の状況から、どんな目に遭ったかは容易に推察できたのは言うまでもなく……。
「今回ばかりは本当にあたしの不手際で起こしてしまった事態だと思う───カイルの助けが間に合わなかったのがマジ悔やまれる。辛い思いや酷い目に遭わせてばかりでごめんね」
そこで彼女は淡い紫水晶のような綺麗な瞳から、ひとつ大粒の涙を零したのだった。
ところが───
その朝露の如き透明な涙は、下に落ちたかと思うと、硬い音を立てて床を転がっていった。
何事 ⁉
私がそれに目を見張っていると、美女エルフは悲しげな花貌のまま事も無げに小さめの繊手を閃かせたかと思うと、床に落ちたその涙と思しき粒を空中に浮かせ、私に向かっていつものキンキラした甲高い声で叫ぶ。
「香月、受け取って!」
その言葉と同時にその涙と思しき粒は、私目がけてすうっと水平移動し、慌てて開いた私の両掌にぽとりと落ちてきた。
遅くなってすみません……睡魔に打ち勝てない私をお許し下さい
また後ほど続きを書かせて頂きます
何とぞよしなに
【’24/09/17 結構加筆修正してしまいました】
【’24/10/06 またかなり加筆修正してます】