スヴァルトアールヴァル【1】
あの魔物たちの恐ろしい襲来が嘘のように、アールヴヘイムは麗らかに緑豊かで幽玄な世界を取り戻していた。
人間界よりも植物の濃い香りが溶け込んでいる澄んだ空気がとても心地良い。
気づくと遥か遠方に乳白色にカラフルな遊色が煌めく魁偉な大樹が私の視界に入った。
「世界樹……」
種族的本能で無意識のうちに口からその名前が呟かれる。
あまりの大きさに幹とその下枝部分しか見えず、上部はその高さに霞んで青空に溶解しているかのようだった。
何て清冽で幻想的な空間なんだろう───
暫しその透明感溢れる美しい風景に見惚れる。
気づくと私の右側には黒ジャガーが大欠伸をしながら座っており、その反対の2番目の定位置になってしまっている左側には黒髪の青年が立っていて、目を細めてそんな私を見ている瞳と搗ち合う。
その優しげな視線にどきりと心音が跳ね上がった。
ところが───
その私とカイルの間からずいっと割って入るスレンダー美人さんが、妙にわざとらしく頷きながら私に向かってにこにこと話しかけてくる。
「そっか、メグちんにはアリカントを視ることができる理屈と同じで視みえるんだったね。私はリワっこの魔導眼鏡がないと視られないからなぁ」
あっ……そうだ!
アリカント爺ちゃん───
その蘭丸さんの言葉に突然肝心な事を思い出した。
黒髪の青年の邪魔が入り、結局あの時は中途半端なままその核心に迫れなかった話が残っていたんだった。
「そう言えば蘭丸さん、あれからアリカント爺ちゃんどうしてるか知ってます?」
「あら? メグちんリワっこから聞いてない?」
「ええ、まったくちっともさっぱり聞いてないんで」
すると女装の麗人にしては珍しく、明後日の方を向いてガラ悪く舌打ちする。
「……ったく、あのムスメは───」
何か、色んな意味で気苦労が多そうですね、蘭丸さん。
私は苦笑いをしながら、それ以上蘭丸さんの怒りのベクトルをおかしな方向に傾かないよう言葉を続ける。
「どういう仕組みか、里和ちゃんから渡されたホワイトオパールのついたサンザシの魔杖から、時々アリカント爺ちゃんの思念伝達があるんですよね……他の魔杖からはそんなの無かったんだけど」
「あー、そりゃそうよ〜。その魔杖───って言うか、柄頭についてるおっきなホワイトオパール、それが例のアリカント爺さんよ」
───何ですと?
私はまさかが真実だと知り、一瞬理解したくないという境地に入りかけていた。
「えっ……どういう───あの魔杖が……… ⁉」
あの●っぱい好きのアリカント爺ちゃん─── ⁉
唖然とする私をよそに、スレンダー美人の向こう側でカイルがへぇ、と何処に感心してるのか判らない得心顔で私たちのやり取りを眺めている。
今の話で納得してしまえる状況って事は、里和ちゃんのやる事に何かしらの前科があるという事なのかも知れなかった。
「何でそんな事に?」
「うん、そうよねぇ……私たちも止めたんだけど、本人の希望なのよ」
本人の希望って───
蘭丸さんの説明によると、自分が生きてゆく為とはいえ、自分は多くの欲深くはあれど中には無辜の人間もいたであろう人々を殺めすぎた、と。
その所為もあり、イティプ・アプクは本来オパール鉱脈なんかのあるただの鉱山だったのが、アリカント爺ちゃんや殺めた怨霊たちの影響で魔溜まりが出来やすくなり、魔物まで蔓延りだして魔鉱山化してしまっていた訳で。
その上、長い年月をかけ最終的に人化───アリカント爺ちゃん自体は特に有り難くもなかったみたいなのだが───も可能になった、人間で言えば一種の仙人化と呼んでも差し支えないぐらいの魔人化が出来る存在となっていたのだろう。
そして誰にでも可視化できる魔人と化したアリカント爺ちゃんは、その姿で魔法使いたる美女エルフに頼んだらしい。
「わしはもう充分永く生きた。余生は誰かの、何かの役に立てれば多くの殺めた命に対する償いにもなるのでは、と思うてな───」
里和ちゃんは内心ニヤリとしながら快諾したらしい……まぁ、そうだろうね。
しかし美女エルフも然ることながら、アリカント爺ちゃんも最後にちゃっかり条件をつけ加えるのを忘れなかったらしい。
「ま、できれば若くてカワユイぽよんぽよんした女子……まあ、主───リワでも全然構わんが、そんなオナゴに使ってもらえれば本望じゃ」
最後の『リワでも』が良くなかったのだろう(?)───結果、私のところに魔杖となって来る事になったアリカント爺ちゃんなのであった───って、里和ちゃん、それってやっぱ地味に当てつけって言うか、私に対する嫌がらせだよ、ね?
いや、美女エルフがトランジスタグラマーだからって僻んでる訳じゃないんだよ……うん、ホントだよ!
寝落ちしまくるので、また後ほど加筆修正させて下さい
何とぞよしなに
【’24/09/05 誤字脱字とかなり加筆修正しました】
【’24/09/08 微妙に加筆修正しました】