ファルシマ・ストゥ【2】
私が移動拠点で起こった思い出すのも憚られる恐怖体験を仕方なく説明し、当然のように黒髪の青年には黙っていて欲しいと金髪ふわふわウェイビーヘアの魔導師見習いの美少女に念を押していた矢先だった。
「おい、二人で何騒いでんだ?」
不意に背後から、絵に描いたように噂をすれば何とやら、な青年たちが姿を現した。
その緋色の髪の青年の不思議そうなハイバリトンの声に、思い切りびくっとしてしまった私は、もう一人その傍らに立っているであろう人物の顔を怖くて見られないでいた。
まさかライカちゃんと私の今してた話、聞いてないよ、ね……?
そんな私の青ざめた表情に気づいた向かいのソファーに座っていた魔導師見習いの美少女は、すっと私から視線を外し、私の背後の青年たちににこやかに声を掛ける。
「お帰りなさい、イアンさん、カイルさん。早かったですね」
「あー、オレたち武人は警護と力仕事ぐらいしかやる事ねーからな。このメグちゃんのお陰で、後片づけもほぼしなくて良くなってな。ホント助かったよ」
そんな朗らかな声と共に、大きくて無骨で温かい掌が、私の頭をぽんぽんと軽く叩いてきた。
私は苦笑いしながら、そんな緋色の髪の青年の裏表のない言葉に思わずほんわかと心が軽くなる心地を味わっていた。
ホントいい人だなぁ、イアンさん───なのに里和ちゃんって、こんな素敵な人が好みじゃないんだから、困ったもんだよね。
私が地味にはにかみながらそんな緋色の髪の青年を見上げていると、視界の端に心做しかかなり憮然とした表情の黒髪の青年がちらりと映った。
ゔっ……怒って、る───?
渦巻く怖さにますます振り向けないどころか声を掛けるきっかけすらも掴めないまま、私が額にだらだらと脂汗をかき出した時だった。
再びライカちゃんがその微妙な空気感に多少おろおろしながらも、場を執り成すように明るくイアンさんの話に乗ってくれていた。
「ですよね〜。真夜さんのお陰で私たち術者連も相当助けられました」
ライカちゃんの言う術者連とは、ミズガルズの各国にある魔術技能組合内の術者たちで結成されている魔術者団体連合だ。
ミズガルズに悪影響のある事象が発生した場合、国や人種、種族を越えて有事に対処する目的で結成されたらしい。
結局あの騒動からの経緯を軽く説明すると、美女エルフの宣言通り、私は今回アールヴヘイムに集結したその術者連の主だった面々に引き合わされ、アールヴヘイムで400年の眠りから目覚めたエルフ王弟の娘として散々見世物状態になった。
黙っていてもいずれはバレてしまう話ではあるし───と、言うより、里和ちゃんが既に私を囮にしてワザと噂を流してしまっていたので、それを誤魔化すためだったんじゃないか、と内心思ったりしていた私であった。
とは言え、気づけばどんどんと退っ引きならない事態に追い込まれていっている気がする。
これも美女エルフの私に対する復讐の一環なのだろうか?
ただ、今回も特殊な転生者(?)である事は秘匿されたまま。
そう言えば───
そこでひとつの引っ掛かりを思い出す。
本来なら里和ちゃんに訊こうと思っていた話なのだが、かと言ってここで不用意に皆に話しても良いものか。
私がそんな事に躊躇していると、魔導師見習いの美少女が更に気を遣ってか話題を変えてきた。
「それにしても、残念でしたね。他の術者の中に、サーシャさんの呪いのトルクを外せる方がいらっしゃらなくて……」
結局南極水道局で、他の術師たちも手掛かりらしき話はちらほらしてはくれたが、どの話も地味にあてどない伝説やお伽噺みたいなものばかりで、誰もサーシャの黒蛇のトルクの解呪方法は判らなかった。
まぁ、稀代の魔法使いである美女エルフに出来なかった事が、そんな簡単に他の術者達に出来るとは限らないから、仕方ないっちゃー仕方ない話ではある。
それ故、黒い火竜たるサーシャは、首の黒蛇のトルクのせいで暫くアールヴヘイムで軟禁される事と相なっていた───これも里和ちゃんとヴィンセントさんが各方面に東奔西走してくれたお陰だ。
本来なら、私とサーシャはどんな罰を受けていてもおかしくはなかったのだから。
ただ美女エルフが、自分に下手に刃向かえない真似をしてきてる権力者連中が多いだけだよ、などと怖いことを平気で言ってきたのがヤケに印象的だったのだが……。
「でね、真夜さん。移動拠点も今となっては完全に安全な場所とは言えなくなってしまったので、そろそろ変身魔法を覚えてもらおうかと、師匠と話してたんですよ」
毎度変なところで拘ったり引っ掛かったり、資料沼にハマったりしております
こんな調子ではありますが、何とぞよしなに願います
【’24/08/23 かなり加筆修正しました】
【’24/08/29 エピソードタイトル変更】
【’24/10/16 微修正しました】