ファルシマ・ストゥ【1】
「あぁ……めちゃくちゃ疲れたー」
移動拠点に戻るなり、私はリビングのソファーで溶けるかと思うぐらいダレた格好で埋もれるように座り込んだ。
今回はその私の後ろからついて来ていた黒ジャガーが、やれやれといった風情で私が脱力しているソファーの横にどっかりと座り込む。
黒髪の青年と緋色の髪の青年、ヒースグレーのソフトモヒカンの少年と前髪ぱっつんのツインテール少女は、里和ちゃんとヴィンセントさん、従者の蘭丸さん達とアールヴヘイムでまだ後片づけがあるとかで残る事となった。
その時に私とライカちゃん、私の使い魔の弥七が移動拠点に戻ろうとすると、もう一人残る事となった茶髪の竜人が不安げに私達を見送っているのが視界に入ったのだが、一緒にいてあげたくても今回ばかりはそう簡単にもいかず───本来なら既に抹殺されていてもおかしくはない立場なのだ。
何せサーシャがやってしまった事自体がそんな生易しい話ではなかったので、今後の黒い火竜の処遇をどうするかで、アーロン王を始めとするアールヴヘイムのお偉いさん達なんかでかなり喧々囂々としてしまっているらしく……。
要するに、黒い巨竜の主である私が一緒にいられると何かと不都合が多いとの事で。
生ける伝説の魔法使いたる美女エルフ曰く、悪いようにはしないから心配するな、と───自分のやった事を考えるとそうもいかなそうだったので、私もサーシャの受けるであろう罰を一緒に受けるから、と念は押しておいた。
そして更に、目下の問題としての例の魔術士ファーマンに化けていた(?)謎の老ゴブリンが逃走してしまった件が……。
その際、従魔の白っぽい大きな熊と黒いライオンが、地下牢の中から瀕死の状態で見つかったのだ。
たまたま今回最初に戻って来たのがライカちゃんと私だったので、早々に治癒回復魔法で助けられたのだが、回復したふたりによると、逃走したと報告させるためにワザと殺さずに生かしておいたという話らしく、陳腐な捨て台詞を残していったと言う。
───また私に会いに来る、と。
冗談でしょ、と私は苦虫を噛み潰したような表情になった。
もう思い出したくもないあの粘着質の気持ち悪さにゾッとするし、私は二度とは会いたくない相手だ。
何せ、あの一件はまだ誰にも話してはいなかったし、況してやカイルにそれがバレた日にはどうなる事か───半殺しなんて優しい状態になどならないであろう。
まぁ、ぶっちゃけ、私的にはそれでも構わないと思ってしまうぐらいの不快極まりない出来事だった。
「お疲れ様でした」
そんな地味に憔悴しきった私の前に、魔導師見習いのライカちゃんがハーブティーの入った硝子のティーポットとティーカップを持ってきてくれた。
「真夜さん、茉莉花茶お好きでしたよね?」
「わぁ、ありがとう!」
私の心のオアシス……!
紫紺色の魔導服の美少女に抱きついて、滑らかな褐色の肌をすりすりしたいっ───が、何気にほぼセクハラな感は否めないので今回はしませんが。
ここは我慢して遠目に愛でよう……後で弥七っつぁんをもふもふして溜飲を下げよう───って、これもある意味ハラスメントか?
元の世界ではハラスメントだらけで終いには『ハラスメント・ハラスメント・ハラスメント』───略して『ハラハラハラ』とか、底なし泥沼か、と思っていた。
こちらの世界ではそんな奇妙な事ばかりが横行しない事を願いつつ……いや、本当のハラスメントを我慢しろなどとは微塵も思わんのですが。
人間関係も匙加減が難しいかも。
魔導師見習いの美少女に淹れてもらった美味しいハーブティーを啜りながら、そんな事を考えてしまい、今の自分がまだまだ相当恵まれているな、と実感しつつ口を開く。
「ライカちゃんだって高等魔法を長時間集団詠唱して、すごく疲れてるのに……いつもお世話になりっぱなしでホント申し訳ない」
「なーに言っちゃってんですか! 私の方はほぼほぼ師匠がメインで術師の皆さんの魔力をコントロールしつつ、三交代制で支援魔法専門要員に回復してもらいながらやってたので、笑っちゃうぐらい全然元気なんですよー」
そっかー……効率の悪い鈍臭い魔法の使い方してるのは私ぐらいなのね……ははははは。
と、さり気に落ち込みつつ、また貧相な感じでハーブティーを一口啜る。
そこではたとする。
あれれ……?
何だが体の深部から何かが湧き出してくるみたいに、疲れと魔力の出力異常が治まってきているのが判った。
「……ライカちゃん、これって?」
私は芳ばしい湯気が立つガラスのティーカップに視線を落としながら、思わずそう訊かずにはいられない。
「大分顔色が良くなりましたね───それ、以前も解毒用に飲んでもらったアレですよ。例の師匠がアレンジした『九つの薬草の呪文』をベースにしたハーブティー」
ふわふわ金髪ウェイビーヘアの魔導師見習いは愛らしい大きな黄水晶の瞳を輝かせ、これ見よがしにドヤ顔で胸を反らしながら私にそう宣う。
あぁ、例のアレの茉莉花茶バージョンか、と感心しながら再びティーカップに口をつけ、何だが最近ライカちゃんも妙に師匠に似てきてないか、と思ってしまう私であった。
───が、突如として紫紺色の魔導服姿の美少女は、なぜか明後日の方向から油断してる私に向かって言葉の礫を投げつけてきた。
「ところで真夜さん、寝室のクローゼットのごみ箱に捨ててあったあのボロボロの服……どうされたんですか?」
思わず私は飲んでいたハーブティーを盛大に吹いた。
ライカちゃん……相変わらず可愛い顔して平気でえげつないとこ突くよね───ライカちゃんのそう言うとこ、私嫌いじゃないけど、ね。
ここのところ体調が悪くて更新が遅くなってしまいました
気長におつき合い下さってる方達にはとても励みになりますし感謝してます
また誤字脱字加筆修正しますが、何とぞよしなに
【’24/08/27 誤字脱字加筆修正しました】
【’24/08/29 エピソードタイトル変更】
話の中身とズレがあり過ぎだったので、思い切って変えました(元のタイトルは後ろにずらそうかと)
アイスランド語で『移動拠点』とググる翻訳さんに教えてもらいました……毎度読みは耳コピなので合ってないかもです