リーサストール・ドレーカベイギャ【11】
遠くで誰かが私を呼んでる気がする。
うーん……何だろう、この既視感。
っつーか、もうそんなのいいや。
呼ばれるって言う事にはロクなことがない。
誰かの言う事ばかり聞いて、当たり前のように手助けして───挙句の果てに、ただいいように利用されてるだけの日々はもう沢山だった。
ただ判るのは酷く自分が疲れてしまっている事だけだ。
何か底なしの報われなさだけが私の人生を支配していた。
『え〜、香月さん、好きでやってるのかと思ってた』
『どうせあのヒト、暇なんでしょ? 休み代わってもらっちゃえば』
『そういう雑用はアイツにやらしときゃいいよ』
私が善意でやっている事が、全て当たり前に取られてしまうだけで、誰も親切にされててありがたいなどとは私に対しては思わないのだ。
何してんだろう、私……。
感謝されたくてやってた訳でも無かったけど、それはそれでやっぱ偽善で、結局は感謝されたいとか良く思われたくてやってた訳で、最終的に相手を増長させてしまったのは自分だったってだけで。
もう、何もしたくない。
疲れた───
『……メグ』
───メグ?
誰、それ?
『メグ……起きろ……』
いや、だから、私『メグ』じゃないから。
「───真夜、起きろ!」
目を開くと、眩い白い光が満ちるぼやけた視界に、幾つもの人影が私を見下ろしていた。
……う?
「メグっち、大丈夫……?」
その中で一番間近の一人が、聞き覚えのある甘めのテナーボイスで話しかけてくる。
この声は───
はっとしてよく見ると、優しげな笑顔の茶髪の青年が私を見下ろしていた。
「……サーシャ?」
「うん、ボクだよ。メグっちがつけてくれた『アレクサンドル・トゥガーリン・ズメエヴィチ』───サーシャだよ」
うん……そんな長ったらしい名前だったね。
って、ホントにサーシャだ!
私はがばっと起き上がるが、途端に頭の中を梵鐘のような大音声と共にがんがんとした激しい頭痛が襲ってくる。
「───いったぁ……!」
当然そのまま頭を抱える。
またやっちまったか……我ながら人様の事とやかく言えない懲りなさだ。
私の師匠たるライカちゃん曰く、駆け出しの魔法使いや魔導師なんかの術師が、無理に力量以上の魔法を行使した場合とかによく起こる現象らしい。
命に関わる場合もあるから止めてとは言われてたものの……感情的になるとつい───またライカちゃんに怒られちゃうなぁ。
うぅ……とは言えポンコツ術師の私がコレから解放される日なんかあるのだろうか……?
そんな私をよそに、茶髪の竜人は思い切り私を抱きしめてくる。
わっ…… ⁉
「メグっち、ありがとー! ボクをあのおどろおどろしい呪いから解放してくれて」
今度はそう明るく叫びながら、頭をぐりぐりと私の首筋付近に押しつけ始める。
ぎゃっ、痛擽ったいから止めてっ。
私はぐらぐらする視界の中、うまくサーシャに抗えずにその両肩を押し返そうと焦りながら、目下の懸念をどうにか口にした。
「ちょっ、落ち着いて……! 体は、何ともない?」
何せ、私の魔法はまともに効く方が珍しいぐらいだからなぁ……。
するとその背後から威圧感たっぷりの人影が、茶髪の青年の頭をガッと掴んで私の体からベリッと引き剥がした。
「どさくさに紛れて……いい加減にしろ!」
もう既にこの辺りはパターン化しつつある感は否めないが、当然のようにカイルがどの口が言ってるんだ、的な事を平気で言いながらサーシャの顳顬に右拳をグリグリと押しつけ始める。
「痛い痛い痛いっ! ボク、ヤミ上がりなんだから優しくしてよっ」
「阿呆かっ‼ そもそも俺たちをスパイするために送り込まれてたクセして、それに失敗して弱味握られてただけだろ!」
「うわぁ〜ん、メグ助けて! カイルが弱い者いじめするんだよっ」
あぁあぁ……頭がホント痛い。
ふと気づくと、弥七と銀次君が並んでぽかーんとした表情で私たちを眺めている。
更にその隣りで緋色の髪の青年がげらげらと腹を抱えて笑っていた。
「おい、メグちゃん、この面白い見世物、どうする気なんだ?」
うぅ……訊かないで、と言うより、こっちが訊きたいよ。
───と、その時であった。
ちょっとキンキンするようなソプラノボイスが私の頭上から降ってくる。
「なんだなんだ? 香月、ちゃんと仕事してくれてるじゃないの。私の出る幕なんかないじゃない、ピリカ」
【’24/08/13 誤字脱字加筆修正しました】