リーサストール・ドレーカベイギャ【9】
パリーーーーーン………!
私が放った黄金色の光は、正体なく眠る黒い火竜を包み込んでいた蛍光イエローの結界魔法の防御壁を破壊した。
同時に少年と少女の悲鳴が辺りに響き渡る。
「何てことするんですかーっ ⁉」
「落ち着け、銀次───イアン、真夜を止めるの手伝ってくれ!」
「はいよー」
「ピリカはリワに知らせて、また強力な結界魔法かけるように頼んでくれ」
「わっ……判りました!」
ツインテ前髪ぱっつんのピリカちゃんは青ざめながらも、カイルの冷静かつ的確な指示に安堵の表情を見せ、その場ですぐに右手を掲げ素早く一回転したかと思うと、パステルピンクの光の渦が彼女を包み、そこから大きな鳥が音もなくアールヴヘイムのいまだ灰色の煙る空へ飛び立っていった。
そして私の前には緋色の髪の青年のでかい影が立ちはだかる。
「メグちゃん、なかなかやるね」
イアンさんは然も楽しそうにそう言うと、私の手からサンザシの魔杖を取り上げようと、ホワイトオパールのついた柄頭部分をその大きく分厚い掌で覆ってくる。
「そう、真夜はこう見えてなかなかなんだよ。だから油断すんなよ」
背後から私の両腕を押さえ込んでいた黒髪の青年がそう忠告するのも忘れない。
何かさり気に酷い言われような感じがするが、今は取り敢えずどうでもいい───
私は極力満面の笑顔のまま、緋色の髪の青年の燃えるような柘榴石の瞳を見つめ、今度は徐ろに声に出して唱える。
「フリーズ、束縛───友愛の支配」
前のめり気味に面前の緋色の巨漢を見上げていた私に、背後のカイルははっとした様子で焦ってそのまま私の上体を抱き込み、緋色の髪の青年から強引に視線を外させた。
しかし既に時遅し───イアンさんは虚を突かれたみたいな表情になり、それまでがっちりと掴んでいた魔杖からぱっと手を離し、にっこりと不自然なくらいに満面の笑みを浮かべる。
そこで透かさず私は緋色の髪の青年に向かい、ここぞとばかりにわざとらしく悲しげな声をかける。
「イアンさん、お願い───どさくさに紛れて私の胸を触ってるカイルから自由にして……!」
その私の言葉で、私の上体を抱きしめていた黒髪の青年はびくっとして両腕の力を緩めてくれた。
「メグちゃんの可愛い胸を触るなんざぁ、何て太ぇ野郎だ!」
そんな咆哮に似た大音声と共に、目が完全に据わった緋色の髪の青年は、それでも私の後ろから動きを封じるために私の体を抱き竦めていたカイルに向かって襲いかかってくる。
うん、言葉尻に何か引っ掛かりを覚えるけど、それは後回しにしとこう。
「わっ…… ⁉ 馬鹿、誤解だ! 触ってたとしても事故だっ、わざとじゃないっ ‼ 」
カイルってば、下手な痴漢の言い訳にしか聞こえないのが悲しい───うん、まあ、今回の件は事故ってことにしとくね。
イアンさんが黒髪の青年に襲いかかっている隙に、するりとその脇を掻い潜り、私が再びメタリックな黒竜の傍に行こうとすると、今度はそんな私の前にヒースグレーのソフトモヒカンの少年がさっと両手を広げて立ちはだかった。
「よしっ、銀次止めろっ!」
緋色の髪の青年とがっぷり四つに組みながら、カイルはそんな使い魔の少年に声援を送る。
「……もうやめて下さい、メグさん。これ以上アールヴヘイムに害なす真似をされるのなら、いくらリワ様のご友人で転生者であったとしても、ただじゃ済みませんからね」
銀次君の全身から淡い霧のようなシルバーブルーの妖気が漂いだす。
……ん?
聞き捨てならない言葉が混じっていた気がするが、それも後で里和ちゃんに問い質すとして、とにかく私の前で通せんぼしてくる韓流アイドルのような容姿の少年をどうすべきか───
そこで申し訳ないけど私の黒い使い魔にも悪役をしてもらう事にした。
「弥七っつぁん、助けて!」
私の一声で、何処からともなく黒ジャガーが跳んで来た。
「おまっ、このタイミングでオレ様を呼ぶんじゃねーよっ」
私の優秀な従魔たる弥七が文句たらたらで私の前に立ち、ヒースグレーのソフトモヒカンの少年に威嚇の唸りをあげる。
「ごめん! だって、この場で私の味方してくれそうなの弥七っつぁんぐらいしかいなかったから─── この埋め合わせは絶対にするから、頼まれてくれない?」
「ほー、そりゃ豪気なこった。そんじゃ、メグのために一肌脱いでやるか!」
黒ジャガーはそう言うとひとつ大きく咆哮し、全身からゆらりと蛍光グリーンの炎のような妖気を放ちだした。
それを見た銀次君がかなり驚いた様子で目を見開き、思わずたじろいでしまったかのように後退っていた。
何せ、先ほどまで標準的な大きさだった黒い梅花紋柄の毛皮を有した獣が、眼前で4, 5mのほどの巨大なネコ科の猛獣になってしまったのだから───
【’24/08/08 加筆修正しました】