アルフェマフトゥル【6】
『これでも昔の誼で逃げる時間を設けて差し上げてたんですがね……逃げるのがお得意な魔術士様なので』
使い魔化したクリーム色っぽい大きな熊は、相変わらず思念伝達魔法でこの場の皆に判るように語りかけた。
ここまでくると、どうもレラジェは普通には話せないのだと確信する───これも美女エルフの罰とやらの一環なのかも知れない。
あんま意味ない気はするけども。
破壊されたテラス窓の外には、以前アイシュールで邂逅した時とは明らかに様相の違う、暗黒の炎を纏った『魔術士ファーマン』と名乗っていたマクシム・ジュダ・グロスマンが、宇宙空間にも似た奇怪な歪みが幾重にもある亜空間に浮かび上がる。
うわ……何だろう、あれ?
以前、美女エルフから話は聞いてはいたが、この拠点が実際は亜空間にあるという話は本当だったのだ───と言うか、毎回場所が移動しているだけなのでは、と地味に疑っていたのだが、冷静に考えれば彼女がそんな不合理なことをする訳もなく……恐らく亜空間の方が魔力的にも経済的にも手間的にも楽だったのだろうと思う。
もしくは彼女のただの悪趣味的な話だけなのかも知れない、が……。
それにしても、すっかりびっくり全く面変わりしてしまったそのマックス坊っちゃんの青黒い表情は、いわゆる悪魔的にも見え、私のような中身だけ日本人のエルフには般若の面のようにすら感じられた。
信じられない事にある種の美しさすら覚えてしまうほど、その変貌は妙に蠱惑的な脅威に満ちていた。
悪魔は天使よりも美しい、とは聞くが、まさにこう言う事なのかも知れないと我知らず総毛立った。
とは言え、よもやレラジェがマックス坊っちゃんの配下だった時期があったとは───そんなの判ってたらレラジェを召喚なんぞしなかったのに……。
恐怖心もある一定の容量を越えると感情が馬鹿になるのか、私が眉間にシワを寄せながらぶつぶつと心の中でそんな鬼呑気な事を考えていると、白っぽい大きな熊はやれやれといった風情でまた思念で語りかけてくる。
『残念ながら現在の私の主はメグ様ですからね───どうも貴殿がバラしてくれた所為で、主に余計なご心労をおかけしているご様子。その上、貴殿もよくご存知の魔法使いリワに強力な縛りのある誓いも立てさせられております故、貴殿とのんびり旧交を温めている暇は無いのですよ』
あぁ……また勝手に私の心を読んでくれちゃって。
里和ちゃんから悪魔や精霊等を憑依させると、多少後遺症みたいなモノは残ると言われてたけど、こういう事なのかな?
『それにしても、亜空間に飛ばせば無限に重なる歪みに呑み込まれ、どこぞ別のベクトル世界に飛んで消えてくれるかと思ったのですが、なかなか現実はそう甘くはないですな───さすれば騒動は一気に解決しましたのに』
レラジェはその大きな白っぽい毛色の体を揺らしながら、再び窓の向こう側に浮遊する悪鬼の如き様相のスーツ姿の青年に向き合う。
ところが───
「───笑止」
禍々しい瘴気が彼の全身から放たれたかと思うと、今度はそれが無数のアナコンダにも似た赤黒い大蛇と化して寝室の窓を全て壊しながら私達に襲いかかって来た。
私は咄嗟にサンザシの魔杖を振り上げ叫ぶ───
「 仲間の保護と防御!」
私達の前に黄金色のドーム状の光の防御壁が現れる。
だが、今回もその光の壁をもあっさりとすり抜け、赤黒い大蛇は私の使い魔達に群がりその鋭い牙を喰い込ませた。
弥七とレラジェが苦しげな咆哮を室内を揺るがすほどに轟かせる。
私はそれに激しく動揺し、慌てて再び魔杖の大粒の魔鉱石がついた柄頭を振り上げ詠唱しようとした時だった───
音もなく私の眼前に濃紺のタイトなスーツ姿の長身が迫っていた。
避ける間も逃げる間も無かった。
相手が胸元で交差させていた両手を開き、その全ての指から猛禽類を思わせる長く黒い金属のような鋭利な爪が音を立てて伸び、そのまま私に向かって音もなく数回薙ぎ払われる。
私の着ていたドルイドマントや白いブラウスが引き裂かれ、その布の細かい無数の破片が宙を舞う。
何が起きたか殆ど理解できないまま、私は後方に激しく倒されてしまっていた。
また加筆修正すると思いますが、何とぞよしなに願います
【24/07/11 かなり加筆訂正しました】