アルフェマフトゥル【3】
私はベッドから飛び降りると、壁に掛けてあったミッドナイトブルーのフードつきドルイドマントを羽織り、黒の長めのキャバリエブーツを履くのももどかしく寝室の出入り口に詰まっているナヌラークの前に行く。
「レラジェ、退いてくれる?」
するとクリーム色の北極熊に似た大きな熊は、どこか戯けたようなその顔に剣呑そうな表情を乗せると、
「駄目ですよ、主」
───は?
「魔法使いリワに貴方をアールヴヘイムに行かさぬよう、承っております故」
ちょっ……⁉
何それ?
「いやいやいや……嘘でしょ、 弥七?」
私の使い魔たる黒ジャガーは、重々しい調子で口を開いた。
「本当だ。あんたはリワに何かあった場合、その跡を継いでもらうためにこの世界に呼ばれたんだ。だから拠点にいてもらわなければ、困る」
……………。
驚くと言うより、サーシャや皆を助けに行かせてもらえない現実に茫然としていた。
確かに私はまだまだ足手まといで役立たずかも知れないけれど……。
美女エルフや皆の言動から薄っすらとそんな気はしていたが、何でこのタイミングでそんな事言われなきゃならないのだろう───いや、彼らの立場からすれば異世界から呼ばれた私は、魔法使いリワの予備でなければならないのかも知れない。
そうであったとしても正直、今は嫌だった。
いや、駄目だ、そんなの。
その役目は里和ちゃんのだ。
私なんかに務まる訳が───
そこでふと、私の前の空間が揺らいだ気がした。
「それでは、私が連れて行って差し上げましょうか?」
不意にレラジェの口から別な誰かの声が発せられたように見えた。
「真夜!」
私の背後から弥七の叫びが聞こえたと同時に、眼前の白っぽい大きな熊の胸元から私に向かって褐色の肌をした人の手が伸びてきた。
あっと思うと間もなく、私はその手に左肩を掴まれた───かのように見えたのだが、途端にバチーンと見えない何かにその手は弾かれてしまっていた。
直後に私とナヌラークの間に、青白い光を放つ防御のルーンを施された魔法陣が浮かび上がっては消える。
私の恐怖感を察知したドルイドマントの防御魔法が発動してくれたのだ。
そこで透かさず右手をマントの懐に突っ込み魔杖を取り出す。
それは柄頭にマルチカラーの遊色効果の綺麗な大粒のホワイトオパールのついた、ルーンの印章を 施したサンザシの魔杖───私の手に握られていたのは、なぜか先ほど里和ちゃんが私からレラジェを追い出す際に使っていた魔杖だった。
どうしてなんて考えている暇など無かった。
私は決然として詠唱を始める。
「危機回避、仲間の防御、情報の開示、願望の実現!」
そして怪しい手が伸びてきたと思しき、クリーム色っぽい大きな白熊の胸元に向かって魔杖を振り下ろす。
やがて熊の手前の空間がグニャリと液化したゴムの如く歪んだかと思うと、そこから見覚えのあるダークブロンドのツーブロックヘアをふんわりとしたオールバックにし、褐色の肌の奥目がちでターキーレッドの双眸を有したエボニーブラウンのタイトなスーツ姿の人物が姿を現した。
「───ミッシャ⁉」
魔術士マイケル・ファーマンことマクシム・ジュダ・グロスマン、通称(?)『マックス坊っちゃん』の分身たるミッシャがそこにいた。
彫りの深いその容貌に柔和な笑みを湛え、スーツの上からも筋肉質と判るその背高い青年が、なぜか私の目の前に佇んでいた。
「ご無沙汰しております、主」
なんの前触れもない、このタイミングでのイレギュラーで唐突な登場に、然しもの私も面食らっていた。
その違和感に気づけないほどに───
「えっーと、何で拠点に……? って、さっきの私を掴もうとした手って」
「ええ、私です。主がアールヴヘイムに行きたがっておられたので、差し出がましいとは思いましたがお助けしようかと」
えぇえぇ……… ⁉
だってミッシャは、マックス坊っちゃんを追ってとっちめる役目があったはず。
って事は───?
「ま、まさか……それって魔術士ファーマン───もとい、マックス坊っちゃんを倒したって事?」
【’24/07/05 誤字脱字修正しました】
【’24/07/06 微修正しました】