アルフェマフトゥル【1】
果たして───
私の座っていたソファーに青白い光の印章が浮かんだかと思うと、そこから光の帯が伸び舞うようにふんわりと温かく私を包み込んだ。
あぁ……なんて柔らかくて優しい光なんだろう。
その心地良さに胎児のように両腕で足を抱え込み、そのまま私は目を閉じた。
急速な睡魔に襲われ意識が遠退く。
「リワ……!」
遠くの方で黒髪の青年が不安げに声を荒げ、美女エルフの名を呼んでいるのが聞こえる。
「大丈夫───これは浄化の光だから、そんな鬼のように心配しないの!」
里和ちゃんがまるで子供を叱る母親の如き口調でそう諫めると、私を包む光の輝きが膨れ上がるように大きくなり、やがて居間全体を白く染め上げた。
そしてその光は風船が縮むように徐々に小さくなってゆき、私のいた場所には別の白っぽい大きな影が現れていた。
「───り、リワっ、これはどう言う事だ ⁉」
自分の横に出現したそれを愴然と見上げながら、カイルは悲鳴に近い調子の裏返った声でそう美女エルフを詰める。
然しもの里和ちゃんも、普段表情らしい表情を顔に出さないクールな黒髪の青年の取り乱しように苦笑を禁じ得ない。
そこにはクリーム色っぽい毛色の北極熊に似た熊が、そのデカさに似合わぬちんまりとした風情でソファーにめり込むようにして鎮座していた。
その熊は睥睨するみたいに彼を見たかと思うと、何も言わずにニヤリと笑ったような顔つきを見せる。
「だから、シン・レラジェ大侯爵サマ、だよ。可愛いでしょ?」
とは言え、相も変わらずつらりとした表情でそう言ってのける美女エルフに少々カチンときたのか、カイルはその端正な貌に元の冷徹そうな表情を乗せると、淡々とした低い声で相手に言葉で切り込んでゆく。
「このでっかな白熊が、か? つか、真夜はどうなった?」
傍らの白熊に似た大きな猛獣を右手親指でさしながら、更に不愉快そうに黒髪の青年は彼の最大の心配事を口にするのを忘れない。
カイルは無表情になればなるほど、その怒りのヴォルテージが上がっているように見えた。
「……まさか、この熊がそうだとは言わないよ、な?」
この時の黒髪の青年は、最初に真夜がメグさんの中に入れられてしまった時の事を思い出していたらしい。
あれもカイルにとってはただの不意打ちだったので、実は結構な心的外傷になってしまっていたらしく……。
それ以前に、里和ちゃんがこちらに戻って来てからの数々の悪行───もとい、オリジナル魔法の開発・試験的実験を目の当たりにしてきた黒髪の青年にとっては、内心ただただ恐怖でしかなかったらしいのだが。
ここまでくると、如何に鈍臭い相手であっても空気が読める訳で。
「いくら何だって流石のあたしもそこまで非道いコトは出来ないよー。安心して下さい、レラジェのみです」
美女エルフにとにかく明るい○村みたいに言われても、カイルにとっては無意味な話であった。
「………だから、俺はあんたに真夜はどこかと訊いてるんだよ」
「どこって───いつもの君ならすぐ気づきそうなモンなんだけど……ほら、落ち着いてよく気配を探ってみなさいよ」
そう言われた黒髪の青年ははっとして、瞬時に私の居所を見つける。
カイルはそのままクリーム色っぽい毛並みの大きな熊の前から、その大きさで死角になって見えていなかった場所を覗き込んだ。
この時の私はその熊の右横で、里和ちゃんの魔法によって深く眠らされていたのだった。
すやすやと寝息を立てて眠っている私の姿に、あからさまに安堵の溜め息をついてがくりと項垂れた黒髪の青年に、美女エルフの追い打ちをかける言葉が容赦なく飛んでくる。
「君って、メグの時もだけど香月のコトとなるとてんで駄目って言うか、一気に冷静さを失うよね〜───そんじゃ、香月を寝室に連れてってくれる?」
「………」
多少からかいは含んではいたが、しみじみと里和ちゃんがそう感想を述べてもカイルはそれをガン無視し、黙ってそこから私の体を軽々と抱き上げた。
そのけんもほろろな黒髪の青年の反応に、美女エルフは白磁の如き面に姚冶な笑みを湛えながら一言つけ加える。
「寝顔が可愛いからって眠ってる香月においたしちゃ駄目だよー」
「するかっ!」
カイルが食い気味に里和ちゃんのボケ(?)に怒りのツッコミを入れたところで、彼女はアーロン様に呼ばれているとかで早々に『光芒の宮殿』に行ってしまったという。
その顛末は、かなり後になってから大っきな白っぽい熊───里和ちゃんの話によると、ナヌラークと言う天然のハイブリッド熊らしい───になってしまったレラジェから聞かされる事となる私であった。
しかし美女エルフがアールヴヘイムに行った直後、ヴィンセントさんが顔面蒼白で飛び込んで来た。
黒いドラゴンが妖精の国を襲撃した、と───
睡魔に襲われ続けて全然勝てないので、また後ほど書かせて頂きとう存じます
毎度こんな調子ですみません
【’24/06/30 かなり加筆修正しました】
「ナヌラーク」はWikipedia『ハイイログマとホッキョクグマの雑種』より参照
【’24/07/02 加筆修正してます】
【’25/02/25 誤字修正しました】