ボウク・ドレイムュル【13】
ライカちゃんの転移魔法でいつもの移動式拠点に戻ると、早速美女エルフが銀糸と見紛うばかりの豊かな銀髪をハーフアップにして金のバレッタで軽く留めてあるロングヘアをなびかせ、私の所へ噛みつかんばかりに飛び込んで来た。
「ちょっと、香月! あんた、自分に悪魔取り憑かせちゃったの ⁉」
私達は高校の頃からのつき合いなので、こちらに来てからも里和ちゃんは未だに私のことは親しみを込めて苗字で呼ぶのが通例となっている───飽くまで私達の事情を知る身内だけの時に限るが。
私の場合は社会人になってからは特に、『咲良田!』と呼び捨てにするのもどうかと思ったし、現在の里和ちゃんの立場上良くないとも思うので、二人きりにでもならない限りは苗字呼び捨てはやめていた。
まぁ、今となってはこの世界で全くすっかりがっつり偉くなってある意味遠い存在になってしまった、鬼忙しい里和ちゃんと二人っきりで話す機会なんて、黒髪の青年以上にないのが現状なんだけども。
私はそう思いながら気づけば当然のように背後に立っているカイルをちらと振り仰ぐと、目を眇めながらゆっくりと明後日の方向に視線を外した。
俺は知らんぞ、甘んじて叱られろ、と言ってるんですね、判ります。
どこからも来ない助け船を諦め、私はしょぼんな気分で美女エルフに向き直る。
「あー、うん。つい、反射的にやっちゃって……」
「弥七から軽く経緯は聞いたけど……う〜ん、ホントはあんまそんな危険なコト、やって欲しくないんだけどなぁ。見た限り序列十三番目の悪魔の大侯爵の影響は───まだ受けてないみたいだね。そこは流石、弓道で培った鋼の精神力を持ってる香月だわ」
は、鋼?
それ、褒められてるんだろうか?
私が鋼の精神力なら、今の里和ちゃんは異世界で培われた金剛石の精神力と言えるかも。
薄っすらと複雑な心境になっている私をよそに、美女エルフは広いリビングの高そうな革張りのソファーセットのひとつに優雅な所作で腰掛けながら、それに続いてやはり大きなセンターテーブルの斜向かいに座った私に対し、何の躊躇もなく当たり前のように声を掛けてくる。
「そんじゃ、香月の中のレラジェ、聞こえてるんでしょ?」
その問い掛けに私の口から勝手に嗄れた声が、馬鹿丁寧な調子で淀みなく喋りだす。
「ご無沙汰致しておりますな、『紫炎熄滅の魔法使い』であらせられるリワ様におかれましては、ご機嫌麗しゅう───」
この怪奇現象を現実として理解はしているつもりだが、我ながら現金なもので冷静になるにつれ、ただ只管不気味さばかりが先に立ってきていた。
その当て所ない不安のせいか、私は思わずソファーの背後に回ろうとした黒髪の青年の右手を掴み、それに少々目を見開いた相手のブラックオパールの如き切れ長の双眸を見上げる。
するとまた珍しく困惑した様子で、カイルは黙って私の座っている三人掛けのソファーに腰を下ろした。
そんな私達のやり取りに、里和ちゃんはその白面に薄く婉麗な笑みを刷かせる。
「あー、長ったらしい前口上は時間の無駄だからやめて。で、君は報酬が欲しいのよね?」
「いえいえ───このままこの鮮潔流露な主と一心同体でいられるのであれば、そんなモノ必要ございませぬよ」
そのレラジェの言葉に、私の横にいた黒髪の青年のキリッとした太めの眉がぴくりと不機嫌そうに動いた。
私はそんなカイルの様子についうっかり苦笑してしまい、今度はその私の反応に不愉快そうな表情を見せる。
あらら、また変に怒らせちゃった、かな?
うーん……でも正直、私もレラジェとこのままずっと一緒なのはかなり困るんだけども。
何げに呑気なやり取りを見せている私達をよそに、美女エルフはそのレラジェの言葉に珍しく微かに剣呑な怒気を含ませながら口を開いた。
「何を図々しく言うのやら……それじゃ、代償はもう既にこの娘の中に入れた事で得られたハズよね。彼女の無知につけ込んで嘘をついてもこのあたしには通用しないよ」
えっ、そうなの?
無知とはげに恐ろしきなり───私が内心アホの子みたいに騙されていたことに驚いていると、自分の表情が勝手に薄笑いを浮かべてしまっている事に気づく。
「その罰として、あたしから香月の代理としての報酬とその縛りを君に贈る事とします!」
里和ちゃんは戸惑う私に向かってびしっと指さすと間髪入れず立ち上がり、いつの間にか手にしていた乳白地に遊色効果の煌めく大きな魔鉱石のついた魔杖を両手で握り締めたかと思うと一気呵成に詠唱を始める。
「陰府の大侯爵かつサルガタナスの配下たる蘚衣の 射手レラジェよ! 我が血汐と遊星の力の結晶を以て、積年の我が想念を晴らし尽くすまでこの世界へ顕現せよ ‼」
またがっつり加筆修正してしまうと思いますが、何とぞよしなに
【’24/06/27 かなり加筆修正中してます】
底無し資料沼で溺死しかかってます