ボウク・ドレイムュル【12】
「真夜、まだレラジェはあんたの中に入ったままなのか ⁉」
はい、そうなんです……アミーさんにはお帰り頂けたんですが、何故かレラジェさんは私からちゃんとした報酬と言うか、代償を貰わないと帰れない、とか申されまして………ははははは。
とは言い難く、思わず笑って誤魔化す私であった。
ここで一気に形勢逆転、と言うか、取り敢えずレラジェのお陰で心の汗もあっさりきっかりすっきり引いたと言うか。
カイルはそんな私の顔を見下ろし、苦虫を噛み潰したような顔になった。
うーん、いつも地味に思ってたけどイケメンはどんな表情しててもこんなおかしな状況じゃなきゃ、憂いを帯びた感じに見えちゃって何だかすごく絵になるから裏山太郎かも。
あー、それより里和ちゃんに叱られる前にカイルにバレて怒られる破目になろうとは……。
私が何気にげんなりしていると、当の黒髪の青年は溜め息をついて何故かそのまま私を抱き締めてこようとする。
えっ?
相手のまさかの態度に少々困惑しつつそれを軽く往なしながら、その脇から変な音がしたカイルの背後をひょいと覗き込むと、予想通りの連中が無機質なセンターテーブルの横の何もなかった場所から、体や顔の一部を出現させながら倒れ込んでいた。
「……ねぇ、いつからそこにいたの?」
無論、私達を迎えに来てくれた私の黒い使い魔を筆頭としたいつものメンバー……あれ、珍しい人が混じってる───本来なら美女エルフにべったり追従して歩いているお方が。
「どうせ最初から、だろ?」
最初から正体に気づいていたと思しき黒髪の青年は、仏頂面で眼光鋭くチラと背後に視線を送るが、特に意に介した風もなく私をその腕の中から解放してくれる気配もなかった。
するとその中から一際大きい体軀を有した緋色の髪の青年が、頭を掻きながら苦笑いし、いつもの無遠慮な調子で喋りだす。
「いやー、すまんすまん。邪魔する気は毛頭なかったんだが、まさかお取り込み中とは思わなかったんでな」
そのイアンさんの言葉に私は頬が一気に熱くなるのを覚え、流石に気恥ずかしくなり思わずふんっと鼻息も荒く両手をばっと上げ、それに軽く目を見開いたカイルの両腕を振り解いていた。
そしてそのまま緋色の髪の青年の前で所在なげに佇んでいた金髪ウェービーヘアの美少女に向かって走って行き、照れ隠しついでに思い切りかばっと抱きつく。
「あぁあぁ……真夜さん、そんなご無体な───」
「ライカちゃん、めっちゃ会いたかったよ……!」
「はっはっは! 相変わらず変な奴だな、真夜は」
「またおかしな御仁が増殖して主を愚弄するとは不届き千万!」
「わっ⁉ 真夜からガラガラのおっさんみたいな声がっ…… ⁉」
「イアン殿、そいつが例のレラジェで」
「コレがそうなのか、弥七。しっかし、真夜、どうしてそんな事になってんだ?」
どうしてと申されましても、私が未熟だからとしか言いようが……。
私がイアンさんの疑問に答えられず、紫紺色の魔導服姿の美少女のぷにぷにした柔らかな褐色の頬にすりすりしていると、その眼の前で繰り広げられる騒々しい光景に、黒髪の青年はうんざりした様子でぽつりと独り言ちる。
「……………結局こうなるのか」
その諦観しきったカイルの言葉に内心申し訳ない気分になりながらも、私はこの安心感のある賑やかな雰囲気を堪能していた。
後に聞いた話なのだが、念の為それぞれ里和ちゃん謹製(?)透明マントを着用し、ライカちゃんの転移魔法で私達を迎えに到着したはいいが、二人の醸し出すアヤシイ雰囲気にマントを脱ぐに脱げなくなったらしく……って言うか、私には単なる出歯亀根性にしか聞こえませんでしたが。
そう言えば───
そこで私は一つの懸念を思い出す。
「ねぇ、弥七。あのおかしな書庫で囚われてたトスリッチ教信者の子達の事なんだけど……」
「あぁ、心配すんな。真夜があの本に呑まれる前に浄化魔法、最後まで全力でかけていってくれただろ。お陰でみんな呪縛から完全に解放されていったよ」
それを聞いて私は心底安堵した。
あの状態できちんと助けられたかどうか───無論、その時は私の使い魔たる黒ジャガーの事も気掛かりだったし、とにかくこう見えても本気で心配してたのだ。
そこで今回の引率者と思しき緋色の髪の青年が、大きくごつめの手をパンパンと叩き高らかに宣言する。
「それじゃ、こんな胡散臭い所に長居は無用だ。とっとと帰るぞ。リワも心配してる」
×××××××××××
そんな私達を他所に、そのレンタルオフィスが入っている黄色い煉瓦造りの建物の外からひとつの背高い影が、私達がいる部屋のダブルハング窓を見上げていた。
「これで最後だな」
その人物はニヤリと口元を歪めると、すっと黒い煙と化してその場から消え去った。
やがてあまり時を置かずしてそれは起こった───
【’24/06/23 そこそこ地味に加筆修正してます】
【’24/06/25 微修正しました】