ボウク・ドレイムュル【11】
そのカイルの一言が、私の後頭部から早気の矢の如くサクっと刺さってきた。
私はそこでくるーりと黒髪の青年に向き直り、絶対にメグさんがしないであろう口調と仕種で思わず相手を睨み上げる。
「………そりゃ、そうなんですが! 申し訳ないほど中身が似てないのは認めますけど、そもそものメグさんが判らないから寄せようもないんですが !! ─── 究極、黙ってろ、と?」
思わずそう語気を荒げずにいられない。
単に私がカイル氏に変な気を遣って、勝手にメグさんにならなきゃって思い込んでそっち方向に舵を切っただけの話なんですが、ね!
その私の剣幕に然しもの黒髪の青年も呆気に取られた様子で、珍しく焦りながらまるで降参ポーズみたいに両掌を胸元に掲げた。
「誰もそんな事言ってないだろ? 誰もあんたにメグらしさなんか求めてないと思うぞ」
───何ですと?
今更私にそんなこと言っちゃう訳?
「だって最初、カイルが、私がメグだなんて絶対認めないって───」
「……あぁ、あの時は急な話で俺も動揺してたし、ヴィンやグリフィス様の心中を考えて、つい───真夜に嫌な思いさせて、今は後悔してる。本当に済まなかった」
「べっ、別に謝って欲しいとかじゃなかったんだけど、今頃そんなこと言われたって……折角、メグさんになろうと私なりに頑張ってたのに……!」
「あぁ? 真夜がメグになんかなれる訳ないだろ?」
ぷつーん……… !!
私の中で何かが切れた音がした。
………何、その言い方。
人の一大決心をそんな風に言ってくれちゃうんだ───誰のためにそんな真似しようとしたと思ってるんだ……!
自分の暗愚さに顔面がかーっと熱くなるのを覚えていた。
不意に視界が歪み、堪えきれずに目から流れた水分が頬を伝ってゆく。
その私の表情を見て、黒髪の青年は一瞬で青ざめる。
「……真夜? なっ、何で泣いてるんだ !?」
「カイルなんか嫌いだ……!」
私は駄々っ子のようにそう叫ぶと、鼻水を啜りながら今度はおろおろする黒髪の青年に背を向けた。
何で自分がこんなおかしな話で泣いているのか、自分でもよく判らなかったからだ。
泣くつもりなど全く無かったのに───
私が気恥ずかしさからこの部屋を出ようと、味気ないレンタルオフィスのドアに向かって歩き出した時だった。
「おい、待て……!」
流石にそこで黒髪の青年は私の右手を掴んで止めに入る。
「放して!」
私は振り返らずにその手を振り解こうとするが、悲しいぐらいに力の差があり過ぎて微動だにせず。
「すまん、また言葉遣い間違ったんだな───悪かった。真夜がメグになったら、俺が困るんだよ。だって俺は、その……真夜が好きなんだから」
その不器用な言葉に大きく胸が高鳴った。
それでも私は頑張って自分の右手首をがっしりと握っている相手の大きな右手を掴み、何とか引き剥がそうと試みながら拒絶の一言をぼそりと小声で漏らす。
「………嘘だ」
あんなにその端正な貌を鬼瓦みたいに歪めて、私に向かって激怒してた癖に……!
あの時どれだけ不安で、まともな味方のいないと思ってたこの異世界で、本当はどれほど怖かったか。
これ以上そんなこと言われたら、もう───
「嘘じゃない。真夜に背を向けられると……上手く言えないが、胸が凄く苦しくなるんだ………頼むから、俺の傍にいてくれ───」
そんなカイルの朴訥とした告白に、更に目頭が熱くなり、体から抗う力が抜けてゆく。
自分の目から大量の涙の粒がぼとぼとと床に落ちる音を、私はよそ事のように聞いていた。
そして到頭、俯いたまま私は頷く。
次の瞬間、私の右手が前に強く引かれたかと思うと、そのままふわりと抱き締められていた。
「………もうこの先、私は本物のマーガレットさんみたいにならないし、近づけないし、絶対になれないよ?」
「判ってる。俺はそんなこと真夜にして欲しくない。そのままの面白い真夜でいてくれ」
……………な・ん・で・す・と?
その言葉が耳に入ってきた途端、反射的に私の右掌は黒髪の青年の左頬に会心の一撃していた。
それと同時に、カイルの背後からガタガタガタっと何かが倒れ込む音が響いてくる。
だがそんな音を訝しむ暇もないまま、今度は私の口から再び男性の嗄れ声が勝手に慇懃無礼な事を、私に平手打ちされても抱く腕を放さない相手に向かって話し出す。
「……カイルとか言ったな、御主。家臣の分際で我が主に懸想を抱くとはいい度胸をしておるな」
【’24/06/16 地味に加筆修正してます】
何とぞよしなに願います