ボウク・ドレイムュル【7】
金髪縦ロールの少女は白いリネンの膝丈のキトンに、そのキトンより少し長めの黒のウール地のクラミスを羽織り、クラミスは右肩に金のブローチで留められ、足元は膝丈ほどの茶革のバスキンという出で立ちをしている。
そこで徐ろに私達に向かって恭しく頭を垂れ、片膝をついてから少し無念そうに口を開いた。
「主、とりあえず呪詛の暴走は止めることができましたが───こちらがその証拠で」
と言って、持っていた生首を私達に向けて少女の小さな手がすっと置く。
ひーっ ⁉
それにびくりとし、反射的に前にいる黒髪の青年の革の肩当てつきショートマントの背中にしがみついてしまう。
そんな私に全然動じることなく、おいおいとカイルはそう漏らしながらも、前方の得体の知れない状況から目を離さず警戒を 怠らない。
私の黒い使い魔はやれやれといった様子でそのまま私の傍らに座り、つまらなさそうにひとつ大きく欠伸をする。
白い静寂の満ちるこの果てない空間に、ぽつんと置かれたダークブロンドの髪色した蒼白い若々しい顔───ぞっとするほどシュールな光景を作っているその容貌には、めちゃめちゃ覚えがあった。
私が先刻まで見てた若き日の魔術士マイケル・ファーマンことマックス坊っちゃんの………
⁉
その気持ち悪さに思わず嘔吐いていると、流石のカイルもそれにはびくっと反応する。
とは言え、やはり前方から視線を逸らさずにマントの中から右手を出し、しがみついてる私の背中を軽く摩りながら声を掛けてきた。
「メグ、平気か?」
「……ごめん、吐く時はちゃんと後ろ向くから───」
「オレ様の体にも吐きかけないように気をつけてくれよ」
「判ってるよ………うぷ」
私は右手で自分の口を覆いながらどうにかそう言うと、再び喉元まで迫り上がってくる酸っぱい胃液を頑張ってぐっと飲み込む。
しかしそんな私達をよそに、眼前の金髪縦ロールの少女は微妙に意気消沈した様子で、その外見に似合わぬ慇懃な口調で更に頭を垂れる。
「自分の力量では解呪にまでは至りませんでした……申し訳ございません」
いや、それは私の力量にも因るので全くすっかりがっつり仕方ない話なんだけども───それにしたって、こっ……コレは一体何なんだろう……?
私は内心そう言いながら、実際表に出たのは、
「やっ……いい………うぷっ、これっ…………… ⁉」
と、何度も吐きそうになりながら言うのみであった。
その私の為体に軽く溜め息をつきながら、それでも黒髪の青年はずっと私の背中を摩り続け、私の代わりに金髪縦ロールの少女に向かって私が訊きたかったことを代弁してくれていた。
「いやいや、良くはないだろ。つまり、この首は本物じゃないってことなんだろ?」
「はい、仰るとおりで。コレは主に確かに呪詛の暴走を阻止した証拠として持って参っただけですので───何卒ご査収願います」
えー……ご査収って………もし本物だとしてもその証拠の出し方はマジ勘弁だよー。
今度は私ががくりと頭を垂れる。
なぜか同時に飼ってた猫が、枕元に雀だの鼠だのを置いていってたのを変に懐かしく思い出していた。
「お前の主はこういうのに慣れてないんだよ。次からは何かの遺骸だの体の一部だので確認が欲しい時は、俺のところに持ってくるだけでいいからな。それでいいだろ、メグ?」
「えっ…… !? はぁ、でも……………うっ、うん。とにかく、頑張ってくれたんだね、ありがとう」
不甲斐ない主でごめんよー。
青ざめながら私がどうにかそう返事すると、そこでようやく金髪縦ロールの少女は、年相応の晴れやかな可愛い笑顔を見せたのだった。
ところが───
そこで私の黒い従魔が尋常じゃない様子でばっと立ち上がり、低く恫喝の唸り声を上げ始める。
「……そういう事か」
不意に床の生首が口を開いた。
そして今度はカッと目を見開くと、血の如く赤い二つの瞳が炯々とした鋭い光を放ってくる。
「見るな!」
咄嗟に黒髪の青年はそう叫ぶと、マントで私の視界を遮ってくれた。
そうだ、魔術士だから蠱をかけてくるんだった───!
俄にこの場を支配してくるぞわっとするそのタールのような黒く邪悪な気配に、私はどっと気持ちの悪い冷や汗をかき始める。
「ふふふ……抜かりのない事だな───じゃ、ひとつお礼に」
その言葉と同時に、眼前の金髪縦ロールの少女の胸から鮮血と共に白い手が突き出されていた。
地味に加筆修正してます
何とぞよしなに───って、前書きに間違って書いてしまいました、すみません
【’24/06/06 加筆修正しました】
【’25/01/17 誤字修正しました】