ボウク・ドレイムュル【6】
エルフのおねーさん、秘密の物語はまだ途中だよ!
そこで覚えのある陽気な波動が私の脳内にローティーンの少年のようなハイトーン音声となって響いてくる。
私達の傍らには例の本があった───トスリッチ教信者の積年の膨大な個人情報が詰まっている書物のひとつで、その中でもグロスマン家関係の情報が多く載っているであろう冊子だ。
このおかしな空間に来てからずっと追っていたその気配を察知してはいたが、その明るい調子の本の精霊の声に私は軽く溜め息をつく。
「うん、判ってる───でも、君もあの魔術士に呪詛をかけられてたんだね?」
それもかなり強烈な、今もって解くことも儘ならないような類のモノを。
おねーさん達を騙すつもりはなかったんだけど、話してしまえばボクは黒い炎に焼かれて灰にされてしまうから……ごめんね。
私は首を横に振る
それはある意味不可抗力であり、本の精霊くんのせいじゃない。
そんなの私も本意ではないし、仕様のない話なのだ。
サーシャの件できっとそうだろうとは思っていたから、敢えては訊かなかった───と、言うより訊けなかったと言ったほうが正しい。
古いアメリカのスパイドラマじゃないけど、聞いたが最後、自動的に消滅する、的な事になられても困るからだ。
案の定、そんな話だった訳で、あの時点ではあのままある意味の罠に嵌っておくのが正解だったんだと思う私であった。
「また君の中に潜らせてもらうけど、君は大丈夫なの?」
ボクが話してそうなった訳じゃないから大丈夫だとは思うけど、ボクの中に何があるかはボク自身も判らないんだ───だからエルフのおねーさん、くれぐれも気をつけて!
「ありがとう。君に変な影響が出ないよう、頑張ってみるね」
とは言ったものの、何があるか判らないのは私達も同じ事なので、我ながらかなり無責任で都合のいい事を言ってるな、とモヤモヤした気分になる。
だからと言ってやめる訳にも引き返す訳にもいかないのだ。
またあの気持ちの悪い背筋の凍る感覚と対峙しなければならないのか───
そう考えて思わず身震いする。
「……だからメグ、無理しなくてもいいんだ」
そんな私の様子に、背後から黒髪の青年が妙に優しく私に声をかけ、両手で私の両肩をそっと包んでくる。
そこではっとし、頭を数回ぶんぶんと左右に振る。
いかんいかん───!
そうだった……カイルに無理言って自分で決めた事なのに、何を今更、日和っててどうする!?
「大丈夫、やる」
そうだ、今度はカイルがいてくれる。
また何かあれば弥七だって助けてくれる。
今度こそ最後まで何があったのかをちゃんと見届けるのだ。
意を決し、魔鉱石が貼りついて魔杖化してしまった左手を例の書物に翳し、私は大きく息を吸ってから詠唱する。
「嘗て能天使たる地獄の大総裁アミーに我は命ず───彼の者の隠された秘密を速やかに我に顕示せよ!」
すると前回同様、ひとりでに革張りの分厚い書物がバッと開いたかと思うと、再びバラバラと音を立ててページが勝手に捲られてゆく。
そしてまた特定のページで止まったかと思うと、今度はそこから朱色の炎の柱が天高く立ち上がった。
わっ!? ───何でっ!?
私が慌てて消火するため、再度左手を炎の柱の上がる本に向けて詠唱しようとしたところで、その炎の中から人影が現れ始めた事に気づく。
そこで透かさず黒髪の青年が私の前に出て来る。
それまで黙ってなりゆきを見守っていた黒ジャガーも静かに立ち上がり、私の右横にそっと陣取る。
私もはっとしてカイルの右脇から謎の影にそのまま左手を向け、攻撃魔法を唱えようと口を開きかけた時だった。
「主、安心なさって下さい。現在呪いの中和中でして、少々お待ちを───」
その炎の中の人影から発せられた陽気な調子の声に、私は言おうとしていた言葉を既のところで飲み込む。
上から読んでも中和中……下から読んでもc……イヤイヤ、動揺し過ぎて訳判らない事を。
その炎の中からじんわりと現れた人物を見て私は愕然とする。
思わず悲鳴を上げそうになり、両手で口を塞ぎ眼の前の現象に目をあらん限りに見開く。
年の頃はローティーンの愛らしい風情の金髪縦ロールの少女が、左手に長槍、右手に人の生首を抱え、満面の笑顔で私達の前に現れたのだった。
明日ちと遠出しなきゃなので、短くてすみません
現在資料漁りして古英語沼にハマってます……ははは
いきなり追記してます
何とぞよしなに
【’24/06/01 加筆修正しました】
【’24/06/03 誤字修正しました】
【’24/06/06 微加筆修正しました】