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第99話 過去との邂逅

「到着だよ」


 晶と朝陽の後に付いて人混みの中を歩き、河川敷かせんじきに辿り着いた。

 やはりというか周囲には人が多いものの、座って寛げるスペースはある。

 有名な花火大会という話だったので立ち見も覚悟していたのだが、その必要はないらしい。

 空の内心を読み取ったのか、晶が自慢げに少しだけ胸を張る。


「ここら辺は花火から少し遠いんだ。だから座ってゆっくり出来るんだよ」

「でも花火はしっかり見れるので、安心してください!」

「成程。長年花火を見に行った成果だな」

「そういう事だね」


 もしかすると、ここは晶と朝陽の思い出が詰まった場所なのかもしれない。

 そんな場所に連れてきてくれた二人に、感謝の意を込めて微笑を向ける。


「ありがとな」

「お礼はいいよ。デメリットもあるし」

「そんなのあるんですか?」

「それがあるんだよねぇ。屋台が遠いっていう、結構なデメリットが」

「……確かに、それは考えものですねぇ」


 葵が周囲を見渡し、苦笑を浮かべた。

 花火から少し遠い場所を選んだが故に、周囲には屋台が無い。

 つまり、水分補給や腹ごなしをするなら短くない距離を歩かなければならないという事だ。


「ま、そこは諦めて欲しいかな。先に腹ごなししてきていいからさ」

「いいのか?」

「勿論。僕と朝陽は念の為に場所取りしてるから、気にしないでいいよ」

「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

「ありがとうございます、立花先輩、朝陽」


 晶の提案を受け入れ、葵と共に屋台へと向かう。

 当然ながら屋台の方に向かう程人が多くなるので、手を繋いでいるとはいえ葵と逸れないように気を付けなければ。


「手を離すなよ。逸れたら合流するのは最優先だけど、ここまで来て花火を見る余裕なんて無いのは勿体無いからな」

「ふふ、じゃあこういうのはどうですか?」


 茶目っ気たっぷりに笑んだ葵が、空の腕に抱き着いた。

 空は半袖だし葵は薄着だからか、腕に押し付けられた柔らかい感触がはっきりと分かってしまう。

 どくりと心臓が跳ね、羞恥が頬に上ってきた。


「……大胆過ぎないか?」

「せんぱいにしかしませんので、別にいいでしょう? 満更でもなさそうですし」

「そりゃあ、そうだけど。……そんなに言うなら堪能させてもらうからな」

「はい。たっぷり堪能してください♪」


 軽い脅しにも屈せず、葵がにこりと笑う。

 更に強く押し付けられた母性の塊に理性を削られながら歩き、ようやく屋台の近くに辿り着いた。


「それで、食べたい物はあるか?」

「焼き鳥と焼きそばです!」

「定番中の定番だけど、それが良いよな」

「ですです!」


 こういうイベントには定番の食べ物だが、だからこそ食べたい。

 出来る事なら焼き鳥と焼きそばを別々に買って合流すれば楽なのだが、それは諦めて葵と一緒に並び一つずつ買った。

 もうここに居る理由は無いし、すぐに帰って晶と朝陽と代わらなければ。

 そう思って屋台に背を向けようとすると、随分昔に聞いた「皇?」という男の声が耳に届いた。

 一気に心が冷え、表情を消して声の方を向く。

 すると、約三年前まで学校で一緒に行動していた男子が、空へとにやついた笑みを向けている。

 どうやら、空と葵はどこかに出掛けると高い確率で邪魔をされるらしい。


「やっぱり皇か! 久しぶりだなぁ!」

「……それが? 俺達は急いでるんだよ。じゃあな」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ! 折角会ったんだし、少しくらい話してもいいじゃねえか!」

「断る」


 親し気な態度を取られても、決して頷きはしない。

 彼が浮かべている笑みは、これまで何度も学校で見てきた、空越しに葵を見ているものなのだから。

 それを抜きにしても、彼と話す事などない。

 ばっさりと会話を切って背を向けるが、肩を掴まれた。


「そんな事言うなよぉ。相変わらずつれないよな、皇は」

「……クラス全体で俺を無視しておいて、何を言ってるんだ?」

「は? まさかお前まだ根に持ってんのか? マジで?」


 虐めを行った人の中には、虐めをしていたという自覚が無い人が居る。

 気安く話し掛けてきたので予想はしていたが、合っていたらしい。

 露骨に引いたような顔をしているが、その顔をしたいのは空の方だ。

 肩に置かれた手を払い、僅かに目を眇める。


「……」

「おいおい、あれは遊びだったろうが。なのに皇はマジに受け取ってさぁ。面白かったから良かったけど、もう気にすんなって」

「…………あっそ」


 何か理由があって虐められたのかもしれないと、これまでずっと心の片隅で思っていた。

 しかし理由などなく、単なる気まぐれで選ばれた標的だったらしい。

 これ以上不快な声を聞きたくなくて、再び背を向ける。

 しかしそんな空の前に彼が先回りした。


「だから気にすんなって言っただろ? というか、隣の人はお友達か? 紹介してくれよ」

「この状況を見て友達と言えるのはある意味凄いな」


 葵が思いついてから今まで、彼女は空の腕にずっと抱き着いていた。

 付き合ってはいないのは確かだが、こんな事をしているのに『友達』というのは明らかにおかしい。

 皮肉を口にすれば、彼が驚いたように目を見開く。


「え、じゃあ付き合ってんのか? 嘘だろ? 皇が?」

「…………へぇ」

「人を馬鹿にするのも大概にしろよ。そんな事を言う奴と話す事なんか無い」


 隣から底冷えのする声が聞こえてきたので、そろそろ我慢の限界のようだ。

 むしろ、今まで事態を静観していたのが奇跡だろう。

 慌てて目の前の男に言葉を被せ、何度目かも分からないがこの場を離れようとした。

 しかし彼は空達の前から退こうとせず、一緒に居た男子達が空達を囲む。


「俺はあるんだよなぁ。という訳で、君可愛いよね。名前は?」

「金髪だけど地毛なの?」

「スタイルいいねー」


 数人の男子が一斉に葵へと話し掛ける。

 どう考えても彼女の地雷を踏み抜く行為に、諦めを悟った。

 態度が悪いという自覚はあったものの、空はあくまでも穏便に事態を収めようとしたのだ。

 その努力を無駄にした彼等には、空よりも恐ろしい人からの言葉に打ちのめされるだろう。

 その確信が現実になるようで、葵は空の腕から離れて大きく息を吸い込んだ。


「ふふっ。あははっ、あははははは!」

「え、ど、どうしたんだ?」

「俺達、何か変な事を言ったっけ?」


 滅多に見られない大きな葵の笑い声に、彼等が困惑する。

 葵はひとしきり笑った後、瞼を軽く擦った。


「あー、一周回って面白かったですよ。勿論、滑稽って意味でですけど」

「は?」

「だって、人の彼氏を散々馬鹿にした上で私に声を掛けるんですもん。いやー、馬鹿じゃないですかね。あ、馬鹿だから話し掛けたのか」

「「「……」」」


 突然の毒舌に、彼等がぴしりと固まる。

 そんな彼等を見つつ、葵は綺麗過ぎる笑みを浮かべた。


「ふざけんじゃねーですよ。空さんを蔑ろにした人と話す事なんてありません。ましてや、気まぐれで空さんの心を壊した人となんて、絶対に話したくないです」

「こ、壊した?」

「ええ、そうですよ。あんたは気まぐれで人の人生を、心を壊したんです。ま、自覚が無いみたいなのでどれだけ言っても無駄でしょうけど」

「だって、あれは遊びで――」

「はいはい、そういう言い訳は聞きたくないので退いてくれません? この場には大勢の人が居るんです。これ以上邪魔するなら大事にしますよ」


 最初から話しても無駄だと思っていたのだろう。葵が強引に話を終わらせに掛かった。

 周囲を見れば、屋台に並ぶ人や河川敷に座っている人が、何事かと空達を見ている。

 流石に分が悪いと悟ったようで、彼等は不快そうな顔をしつつようやく空と葵に背を向けた。


「チッ。良いのは顔だけか。じゃあいいや」


 空に一瞥すらせず、元クラスメイトは一緒に居た男と離れていった。

 葵目当てで話し掛けて来たのは分かっていたが、あまりにも鮮やかな手のひら返しに苦笑すら沸き上がらない。

 遠ざかっていく彼等を睨みつけつつ、葵が鼻を鳴らす。


「ふん。生憎とそんな性格が悪い私でもせんぱいは一緒に居てくれるんです。残念でしたね」


 彼等の背中に言葉を浴びせた葵は、すぐに空へと視線を戻した。

 先程までの怒りなど無かったかのように、華やかな笑みを浮かべる。


「さ、あんなの忘れて行きましょう、せんぱい」

「……ああ、そうだな。ありがとう、葵」


 当然のように差し出された手を掴み、晶達の所に向かうのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 過去との邂逅。ま、まさか前原か!? いつの間にか彼女持ちになってる前原とばったり出会うかもしれない、ないな。また葵の友人(?)にでも出くわすのかな? なんにしろもう告白だけだと思ってたから…
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