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第98話 花火大会

 葵の誕生日が過ぎ、夏休みが終わりに近付いてきた。

 今日は遅めの花火大会を見に行く事になっており、晶や朝陽も一緒だ。

 待ち合わせ場所で待っていると、浴衣を着た晶と朝陽が近付いて来る。


「こんばんは、空、朝比奈さん」

「こんばんはー!」

「二人とも、こんばんは」

「こんばんはです!」


 夏休み中、偶に二人が空の家に遊びに来ていたので、久しぶりという感覚はない。

 それでも普段見る事のない二人の服装に、新鮮味を感じる。


「花火大会に浴衣って、映えるよな」

「だったら遠慮なく僕の親を頼れば良かったのに。父さんのお下がりだけど、多分空に合ってたよ?」

「流石にそんな迷惑になる訳にはいかないって」

「……分かったよ。空がそう言うなら仕方ない」


 花火大会の前に、折角だから浴衣で行かないかと晶に提案されていた。

 当然ながら浴衣の着方など分からないので断ったのだが、晶の親が空の分まで準備するとの事だったのだ。

 しかし友人の親にお世話になる訳にはいかないと改めて断り、今に至る。

 ここまで来ても空が意思を変えないからか、晶が呆れた風に肩を竦めた。


「でも、朝比奈さんの浴衣が見れないのは残念じゃない?」

「正直、滅茶苦茶残念だ。でもなぁ……」

「私だけ朝陽のお世話になって浴衣を着るのはナシです。せんぱいが着ないなら私も着ません」

「だとさ」


 勿論、晶が空に提案したのと同じように、朝陽が葵に同じ内容を提案した。

 しかし葵は絶対に意見を曲げず、空が晶の家族を頼れない事で浴衣を着なかったのだ。

 後悔は無いようで、腰に手を当てて胸を張っている。


「代わりに一番気に入ってる服でのお出掛けですし、これでいいんです」

「だから今日の葵ちゃんは凄く気合が入ってるんだね。……ちゃんと褒めましたよね、皇先輩?」

「褒めたさ。葵に何か言われる前にな」

「ならよしです」


 朝陽にじとりとした目で睨まれたので、内心で焦りつつも正直に述べた。

 遠慮なく浴衣を着られるので、女性の立場からすれば空に文句を言いたいのだろう。

 けれど空も葵も納得しているので、これ以上の追及はしないらしい。

 小さな頷きを見て、ホッと胸を撫で下ろした。


「じゃあ取り敢えず行こうか。僕達は毎年来てるし、要領は分かってる。任せてくれていいよ」

「頼んだ」


 晶と朝陽が手を繋いで歩き出す。

 ならばと葵の方を向きつつ、苦笑を浮かべた。


「浴衣、着られなくてごめんな」

「一回謝られてますし、気にしないでくださいな。せんぱいが私以外の人に頼り辛いの、知ってますし」

「……助かる」


 嫌がらせ等の特別な事情を除き、空が葵以外を頼る事に忌避感があるのを彼女は知っている。

 柔らかい微笑に胸がズキリと痛み、僅かに頭を下げた。

 このままずるずると引き摺る訳にはいかないと、気持ちを切り替えて葵を眺める。


「二度目だけど、その服、凄く可愛くて似合ってるぞ」

「えへへ、ありがとうございます。ノースリーブドレスって買ったの初めてでしたけど、結構着心地良いですね」


 葵が目の前でくるりと回ると、白色のスカートが軽く広がった。

 暑いからとノースリーブを選んだようだが、むき出しの肩が服に負けないくらい白く眩しい。

 彼女の美しい金色の髪にも映えており、まるでどこかのお嬢様のようだ。

 曰く、夏休み当初に朝陽と買い物に行った時の物のようだが、気に入っていると言うのも頷ける。


「おーい! 何してるのさ! 置いてくよー!」

「悪い! それじゃあ、お手をどうぞ」


 少し離れてしまった晶に返事をし、葵へと手を差し出した。

 これまで一度もしなかった気障きざっぽい行動に葵は蒼の瞳をぱちくりとさせ、それから嬉しそうに微笑む。


「ふふっ。エスコートしてくれるんですか?」

「……今の葵にはこっちの方が良いと思ったんだよ」


 羞恥が沸き上がって視線を逸らせば、くすくすと軽やかな笑い声が薄暗い夜空に響いた。


「ありがとうございます、せんぱい。よろしくお願いしますね」


 しっかりと手を繋ぎ、晶に追いつくべく葵が無理しない程度の速さで歩き出す。

 夏休みの間、スーパーに買い物に行く際もこうして手を繋いでいた。

 だからこそ繋ぐという行為は慣れたが、柔らかい手の感触は未だに空の心臓を虐める。


「そう言えば、朝陽達は毎年この花火大会に行ってるみたいですけど、せんぱいは?」

「人混みは苦手だし、俺は去年まで晶以外にまともな友人が居なかったんだぞ? 行ってると思うか?」


 晶以外に特別親しい人が居ない空にとって、花火大会など心底どうでもいい行事だった。

 その晶とは、彼に幼馴染どころか恋人が居る事すら知らない程に、プライベートでは関わりが無かったのだ。

 遠回しに初めてだと告げれば、整った顔が歓喜に緩む。


「成程。つまり、私もせんぱいも初めてですか」

「そういう事だ。ま、葵が居なかったら晶に誘われても花火大会には行かなかったけどな」

「私も、せんぱいとだからこそ花火大会に行くんですよ。という訳で、今日はこうしませんか?」

「っ!?」


 葵が空と繋いだ手の力を緩め、すぐに繋ぎなおした。

 しかし繋ぎ方は変わっており、指を絡める特別なものになっている。

 驚きに目を見開いたものの、葵とこんな繋ぎ方が出来るのが嬉しく、悪戯っぽい表情に溜息を返した。


「……ま、葵がそれでいいなら構わないけどさ」

「私からしたんですし、全然オッケーですよ。それに簡単に解けると、逸れるかもしれませんからね」

「逸れたら大変だろうなぁ……」


 言い訳半分、事実半分の葵の言葉に肩を落とす。

 今回の花火大会はかなり有名なもののようで、遠くから見に来る人も居るらしい。

 だからこそ逸れてしまえば、合流するのは不可能だろう。

 そして葵の容姿なら、間違いなくナンパされる。

 沸き上がる苛立ちを抑え込んで渋面を作ると、葵が空の感情を見抜いたかのように微笑んだ。


「でしょう? なので、しっかり捕まえておいてくださいね?」

「勿論。絶対離さないからな」


 証明の為に軽く力を込め、少しだけ葵を引き寄せる。

 肩が触れ合う距離なせいで僅かに歩き辛いが、どちらも離れようとしない。

 何となくくすぐったくなって、小さく笑みを零すのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 花火大会に浴衣って。なるほど最後は四人で浴衣で花火大会か。外でも夜なら朝陽も一緒に行けるしな。正直もう晶と朝陽の二人は出番終了かと思ってた。それどころか夏休み中はちょこちょこ遊びに来てたの…
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