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第95話 誕生日の晩飯

 お盆を過ぎ、葵の誕生日となった。

 まだ夕方には早い時間だが、空はキッチンで晩飯の仕込みをしている。


「ホントに手伝わなくていいんですか?」

「ああ。今日は俺一人でやらせてくれ」


 誕生日の人に、料理を作らせる訳にはいかない。

 なので葵には手伝わせず、キッチンにも入らせていなかった。

 手持ち無沙汰ぶさたにさせたからか、彼女がふくれっ面をしてソファからキッチンを見ている。


「別にそこまでしなくてもいいじゃないですか」

「いいや、する。という訳で葵はのんびりしてくれ」

「……はぁい。でも、せんぱいの誕生日は逆の事をしますからね」

「分かったよ。ありがとな」


 こうして実行しているのだから、逆の事をされても断れない。

 素直に感謝の言葉を送れば、葵がしぶしぶといった風にソファへ横になった。

 ゲームする気分ではないらしく、スマホをだらだらと弄っているのだろう。

 葵の姿が見えなくなったので目の前に視線を戻し、料理を再開する。

 それから暫くして晩飯時となり、テーブルに出来上がった料理を運んだ。

 今まで空が一度も作った事のない料理に、葵が目を輝かせる。


「おお、オムライスですか! しかもこれは――」

「所謂半熟のやつだな。多少失敗したけど、何とか完成出来て良かったよ」

「そして周りにはハヤシライスのソース……! 豪華過ぎませんか?」

「誕生日なんだから、これくらいで丁度良いんだよ」


 チキンライスの上には形を整えたオムレツがあり、それらをハヤシライスソースが囲っていた。

 半熟オムライスは作るのが面倒なので今回が初めてであり、試作品を作るのも含めて時間が欲しかったのだ。

 また、ハヤシライスソースも手早くは作れず、結果的に昼過ぎからの調理になったが、後悔はしていない。

 肩を竦めて大した事はしていないとアピールすれば、葵が嬉しそうにはにかんだ。


「ふふ、ありがとうございます。それじゃあいただきますね」

「その前に、改めて。誕生日おめでとう、葵」


 葵が起きた時に一度口にはしたが、改めて彼女の生まれた日を祝う。

 二度目であっても喜んでくれるようで、葵は愛らしい瞳を輝かせて幸せそうに目を細めた。


「ありがとうございます。こうして祝われるのって、いいですね」

「一年に一度だけだからな。それに俺らは家庭事情がアレだし」

「はい。なので、この誕生日を私は忘れません」


 家族に見捨てられ、実家から遠い所に来た結果、空と再会する事が出来た。

 そして今は空に誕生日を祝われているのだから、一生の思い出になるのも無理はない。

 そうなって欲しいと思って頑張りはしたが、いざ口にされると歓喜で頬が緩む。


「用意した側としては最高の言葉だな。ま、取り敢えず食べるか」

「はい! それじゃあオムレツを割らせていただきます!」


 葵がスプーンで慎重にオムレツに裂け目を入れていく。

 割り開かれた半熟卵がオムライスに掛かっていく光景は、素晴らしいの一言だ。

 葵も目を輝かせて見入っている。


「ふおぉぉぉ……! この光景を家で見られるなんて!」

「コツは掴んだから、作って欲しい時には言ってくれ」

「じゃあ次の誕生日にお願いします! これを偶に作ってもらうのは贅沢過ぎますので!」

「そこまでとっておきにする物じゃないと思うが……。まあ、葵がそう決めたならいいけどさ」


 流石に店の物には及ばないが、普通の見た目には出来るし、少し手間が掛かるだけだ。

 なのでいつでも作れるのだが、葵の中では誕生日にのみ食べられる物として決定したらしい。

 苦笑を落とし、オムライスにハヤシライスソースを混ぜて食べる。


「ん。いい出来だな」

「おいひぃれふぅ~! さいこう~!」


 余程味が気に入ったのか、葵が恍惚の表情を浮かべていた。

 誕生日の料理としては一品だけなので寂しいかもしれないと考えてはいたのだが、どうやら杞憂きゆうだったらしい。

 喜ぶ葵の姿に頬を緩ませ、オムライスを平らげる。

 晩飯でそれなりに腹を膨らませた後は、一度テーブルを片付けてデザートだ。

 冷蔵庫から持ってきた市販品のショートケーキをテーブルに置く。


「流石にケーキは作れなかった。悪いな」

「いや、ケーキまで手作りは無理ですって。私としては、これくらいでちょうどいいですよ。ありがとうございます」

「そう言って貰えると助かる」


 時間だけでなく空の技量では無理と判断したからの市販品だが、葵はそれでも柔らかく笑ってくれた。

 胸を撫で下ろして葵が食べるのを待っていると、彼女は「そうだ」と声を漏らして笑顔を悪戯っぽい物へ変える。

 何だか嫌な予感がして、背筋が震えた。


「まあでも市販のケーキを食べるだけってのも味気ないですし、折角なので食べさせてくれませんか? あ、嬉しいのは本当ですからね?」

「……疑ってる訳じゃないし、そう言うと思ったよ。まあ、いいけどさ」


 この状況で考えられる行動など、そう多くない。

 予想が的中した事に苦笑を零し、葵のケーキを受け取った。

 スプーンですくったケーキを彼女の口に持っていけば、無防備に開けられる。

 真っ赤な舌が相変わらず艶めかしく、空の心臓がどくりと跳ねた。


「ほら、あーん」

「あーん。……んー、こっちも美味しいですねぇ。もう一口!」

「はいはい」


 葵に何かを食べさせるのは二度目だし、今回は冷えた物だ。

 なので手間取る事は無いものの、無邪気な笑みの葵に微笑ましさを感じつつ、けれどもどこか色っぽくもある。

 もしかすると、この光景は空にとってのご褒美なのかもしれない。

 心の中で楽しみつつ、ケーキが無くなるまで葵に食べさせ続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホントに手伝わなくて。空は料理覚えたてってわけじゃないからねぇ、祝いたいんだから全部やりたいのは当然である。祝われる当人がふくれっ面してしまうくらいなら多少は手伝わせてもいいような気もする…
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