第94話 プレゼント選びは難しい
「うーん。中々これといった物が無いですねぇ」
空の服を見繕ってから葵とショッピングモールを散策しているが、未だにプレゼントは決まっていない。
元々物欲が無い彼女からすれば、本当に買いたい物が無いのだろう。
「葵の誕生日までもう少し時間があるし、今日は帰るか?」
「またここまで来るのもそれはそれで楽しそうですけど、短い期間で品揃えは変わらないですからね。今日のうちに買いますよ」
「……急かしてるみたいで悪いな」
単に葵が気に入った物を買いたいだけなのだが、変な方向に向かっている気がする。
苦笑を浮かべて謝罪すれば、葵が柔らかい微笑を浮かべて首を振った。
「謝らないでください。私としては、プレゼントがもらえるだけで嬉しいですから」
「そう言ってくれると助かる」
「まあでも、ホントに欲しい物が無いので結構困りましたねぇ」
「アクセサリーは要らないんだよな?」
「はい。あいつ等に強請られた事を思い出しますし、あんまり欲しくないです」
ショッピングモールを散策している途中、アクセサリーショップの前を通ったが彼女は一瞥しただけだった。
曰く中学時代を思い出すので、アクセサリーを送るのも受け取るのも嫌なのだとか。
一般的に女性はアクセサリーに目が無いと思ったのだが、事情が事情なので嫌いになっても仕方がない。
問題は、いよいよプレゼントの選択肢が無くなってきた事だ。
「となると、後はぬいぐるみとかか?」
「嬉しいのは確かなんですけど、手入れとか置く場所とかもありますからねぇ。ほぼ帰ってない私の家に置いておくのもどうかと思いますし」
「俺の家に誕生日プレゼントを置くってのもなぁ……」
「そうなんですよねぇ」
いくらほぼ空の家で過ごしているとはいえ、贈る側の家にプレゼントがあるのはどうかと空でも思う。
二人で頭を悩ませつつ、けれども時折休憩しながらショッピングモールを散策していると、女性用の小物店が目に入った。
「こことかどうだ?」
「ふむ。取り敢えず入ってみましょうか」
目ぼしい物が無くても構わないと、軽い気持ちで足を踏み入れる。
店内は殆どが女性客だが、空の傍に葵が居るからかちらちらと視線を向けられるだけだ。
ショッピングモールに来てから大量の視線を受けていたので、既にこの程度では動じない。
視線を無視して店内を物色していると、ふと一つの小物が目に留まった。
「これはどうだ?」
「……いいですね。実用的で置物にならなくて、しかも安い」
「でも誕生日プレゼントにしては安過ぎるんだよなぁ」
葵が真剣な顔をして頷いたので、どうやらお気に召したらしい。
バイトしている空にとっては、ほぼ財布にダメージが無いくらい安いのだけは気掛かりだが。
本当に良いのかと言外に尋ねれば、葵が大きく頷いた。
「プレゼントは気持ちですよ。馬鹿馬鹿しいくらい高くて心に響かない物を渡された所で困るだけですし」
「そりゃあそうだけどさ。でもなぁ……」
これだけでは空が納得出来ないと、店内を見渡す。
すると、ある小物を見た事で空の頭に閃きが走った。
「折角だし、これも買うか」
「え、何でですか?」
「最近ゲームしてると、偶にだけど髪を鬱陶しそうに払ってたからな。ちょうどいいんじゃないか?」
「確かにそうですね。じゃあこの二つをください!」
「お安い御用だ」
ようやく決まった誕生日プレゼントを手に持ち、レジへ向かう。
ラッピングを頼んだ事で店員に生温かい視線を向けられたが、空が葵に送るものなので受け入れた。
お互いにショッピングモールに用が無くなったので、帰路につく。
ご機嫌な葵が、繋いだ手を軽く振っていた。
「んふふー。二人で選びはしましたが、プレゼントはやっぱり嬉しいですねぇ」
「喜んでもらえて良かったよ。まあ、当日まで楽しみにしておいてくれ」
誕生日プレゼントなので、買った物をすぐ使う事は出来ない。
葵もそれを理解しているが、それでも喜びが溢れてしまう程に誕生日プレゼントは特別なのだろう。
勿体ぶった言い方をすれば、葵の顔が輝いた。
「はい! すっごく楽しみにしてます! それで、せんぱいの誕生日はいつなんですか?」
「すげー唐突だな。どうした?」
「私の誕生日を祝ってくれるんですから、せんぱいの誕生日は私が祝いたいんです!」
「……そっか、ありがとな」
お互いに家族から祝われる可能性が無いからこその提案に、胸がジンと痺れた。
隠しておく理由もなく、空とてほぼ忘れていた日付を口にする。
「十月三十一日だな」
「ハロウィンですか! 良い日ですねぇ!」
「仮装なんてした事ないから、良い日も何も無いけどな」
「では今年は仮装しましょう! 仮装誕生日パーティーです!」
余程楽しみなのか、葵が興奮に頬を上気させていた。
これまではハロウィンなど何の興味も無かったが、彼女となら楽しい一日を過ごせそうな気がする。
「そうするか。ありがとな、葵。誕生日が楽しみなんて、初めてだ」
「私もこんなに誕生日が楽しみなのは初めてですし、お相子ですよ!」
夏の夕焼けに負けないくらいに、眩しい笑みを葵が浮かべる。
こんなにも空の誕生日を期待してくれるのだから、数日後の彼女の誕生日は盛大に祝おうと誓うのだった。




