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第89話 夏風邪

 葵とプールに行った数日後。今日も今日とて昼前に起きてのんびりしていると、葵が空の部屋から出て来た。

 寝起きなのでのろのろと動くのはいつも通りなのだが、どうにも顔が赤い気がする。


「おぁよぅごぁいまう……」

「葵、もしかして体調悪かったりするか?」

「たいちょう、ですか? ……さむけ、します」


 寝ぼけているのか、それとも体調が悪いからか、普段よりも緩慢かんまんな動作で葵が首を傾げた。

 強がらず正直に話してくれたのは嬉しいが、安堵している場合ではない。

 体温計を差し出し、彼女をソファに座らせる。


「取り敢えず計れ。多分風邪なんだろうけどな」

「……はい。すみません」

「謝らなくていいから」


 体調を崩す時など誰にでもあるのだ。怒る理由などない。

 けれど葵は顔を曇らせ、しゅんと肩を落とす。


「でも、エアコン切るの忘れてて、しかもお腹だしっぱなしにしてたからですし」

「……それは自業自得だ」

「うぅ……」


 流石に擁護出来ず苦笑しながら告げれば、言い訳が出て来なかったのか葵が顔を俯けた。

 そのまま体温を測ろうとシャツのえりを広げたので、すぐに空は視線を逸らす。

 暫くすると、電子音が耳に届いた。


「どうだ?」

「三十八度五分です」

「完全にアウトだな。病院行くぞ」


 市販の薬を飲むよりは、病院に行って診療してもらい、その上で薬を貰った方が良い。

 今は夏休みなので学校に連絡しなくても大丈夫だし、親に連絡する必要が無いのも素晴らしい。

 葵も病院に行くべきだと判断したようで、素直に頷いた。


「はい。着替えてきます」

「そうしてくれ。保険証は?」

「持ってます。十分後くらいに来ますね」

「ああ」


 葵の部屋着は空の家に置いてあるが、外出用の服は彼女の家にしかない。

 一度別れて空も準備をし、その後葵と一緒に空が体調を崩した際に行く病院へ向かった。

 葵がカウンターに保険証を置くが、受付の人が事前に記入する用紙を準備しており、何となく保険証を見る。

 当然ながらそこには生年月日が書いてあり、その日にちの近さに目を見開く。


(盆過ぎか。全くそんな素振り見せなかったな……)


 葵ならば「誕生日ですし、プレゼントが欲しいです!」と言いそうなものだが、何かしらの言わない理由があるのかもしれない。

 とはいえこの状況で聞く訳にもいかず、受付から葵が用紙を受け取り、ソファに座って記入するのを見守る。

 後は呼ばれるのを待つだけなのだが、夏風邪を引いた人が多いのか、病院は込み合っていた。


「……付き添い、ありがとうございます」

「うん? そんな事気にすんなって。病人を一人で送り出す程鬼畜じゃない」


 病院の場所だけを教え、家で待っているなど有り得ない。

 肩を竦めて微笑すれば、葵が嬉しそうに目を細める。


「ふふ。せんぱい、いつも通りやさしーです。……あの、もしかして、看病してくれたり?」

「するに決まってるだろ。一応聞くが、どっちの家でゆっくりしたい?」


 困った時はお互い様だと前に宣言したのだ。治るまできっちり看病する。

 念の為に寝る場所を尋ねれば、葵がおずおずと口を開く。


「せんぱいの家が、いいです。私の家、何も無いので」

「了解だ」


 葵の家の方がゆっくり出来るのではないかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 元々、空のベッドは葵専用になっていたので、特段弊害はない。

 大きく頷けば、葵がふにゃっと力の抜けた笑みを見せたのだった。






「ただいま」


 玄関に声を響かせるが、返事はない。

 この家に居るはずの人物は、現在空のベッドで寝込んでいるからだ。

 手洗い等を済ませてスーパーで買ってきた物を冷蔵庫に放り込み、念の為にノックをしてから自室の扉を開ける。

 すると、寝付けなかったのかぼんやりとした蒼の瞳が空へと向けられた。


「おかえりなさい」

「ただいま。ちゃんと着替えたな? 薄着じゃないな?」

「大丈夫ですって。確認しますか?」


 ベッドで寝ているからか多少元気になったようで、葵が楽し気に目を細める。

 葵を病院に連れて行った後、マンションまで彼女を送り届け、空は病人用の食材を買う為にスーパーへ向かった。

 別れる際にしっかりとしたパジャマに着替えろと言ったが、ちゃんと守ったらしい。

 葵の揶揄いには乗らず、金髪をくしゃりと撫でる。


「しない。こういう時は言う事を聞いてくれるって分かってるからな」

「……ずるい、です」

「何が狡いんだか。遅くなったけど飯を作るから、ちゃんと寝てろよ」


 口元を布団で覆った葵に呆れ気味に応え、くるりと身を翻した。

 後ろから「はぁい」という歓喜と羞恥が混じったような声に頬を緩め、自室から出て着替えをしてキッチンで料理する。

 作り終えた料理をトレイに乗せて自室に入ると、葵が気怠そうに体を起こした。


「一応持ってきたけど、リビングで食べるか?」

「出来るならここで食べたいです」

「おっけ。ちょっと待ってろ」


 トレイに乗せている小鍋からおかゆをよそい、小皿に移す。

 スプーンと一緒に葵へ差し出すと、不満と期待に染まった目が向けられた。


「あの、食べさせて、くれませんか? 看病、してくれるんですよね?」

「はいはい。分かったよ」


 普通ならば余程の事が無い限り受け入れない提案だが、葵は風邪を引いているのだ。

 明らかにこの状況を利用した上での提案であっても、断るという選択肢はない。

 とはいえ肩を竦めて呆れを見せ、おかゆをスプーンですくって冷まし、葵に差し出す。

 

「ほら、あーん」

「あーん。んー、おいひぃです」


 塩と出汁のみで味付けしたおかゆだが、お気に召したらしい。

 満面の笑みを浮かべる葵の姿に、空も笑みを零す。


「せんぱい、もう一口」

「ふー、ふー。ほら、あーん」

「あーん」


 どうやら食欲はあるようで、葵は何度も何度も空に催促する。

 スプーンが口に入るまで待っている姿が雛鳥のようで可愛らしく、それでいて口の中が見えるのが艶めかしい。

 二つの感情に振り回されつつ、葵の口にせっせとおかゆを運ぶのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おぁよぅごぁいまう。夏風邪か、いつも元気な人が弱ってる姿は貴重……! まあレアに思ってる場合じゃないけどね。……普通看病してもらう側は主人公な場合が多いような、そうでもないような。最近、で…
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