第71話 処罰
「「「……」」」
生徒指導室が、重苦しい雰囲気に包まれている。
居るのは空と葵のクラスの担任に、二年生を取りまとめている教師。空に葵、そして嫌がらせをしていたクラスメイトのうち、校舎裏で会った二人だ。
どうやら担任の教師は聞き役に徹しているようで、青い顔をして取りまとめの教師の後ろに立っている。クラスメイト達も担任の教師と同じ顔色だ。
「……話は分かった。それに皇が嫌がらせをされていた件については、前々から噂程度には聞いていた」
「ま、まさか噂程度で俺達を責めるんですか!?」
「証拠なんて何も無いでしょう!」
「それは否定しない。……まあ、匿名で提出してくれたビデオカメラに映った情報からして、嫌がらせをしていたのは本当だろうがな」
「「う……」」
じろりと大人の男性から睨まれ、クラスメイト達が頬を引き攣らせた。
脅したクラスメイト達が空に味方をしていた場合、彼等が報復される可能性がある。なので匿名とさせてもらった。
とはいえ証拠はしっかりと残っており、言い訳は出来ない。
散々空への嫌がらせを匂わせていたのだ。教師はこの二人を嫌がらせの犯人だと確信しているのだろう。
けれど、証拠が無い以上は動けない。
あくまで、これまでの嫌がらせに関してだけだが。
「なので、これまでの嫌がらせに関しては何も出来ない。皇、すまないな」
「……いえ、仕方のない事なので。でも、今回の件はどうなるんですか?」
「まずは反省文だな。それからこの二人の親に連絡し、取り敢えずは厳重注意になる。こいつらに味方していた生徒には、口頭での注意になるな」
「甘過ぎませんか? 実際に私と空さんは被害に遭ってるんですよ?」
教師の対処に納得が出来ないようで、葵が異論を唱えた。
年下の女性に「もっと重い罰にしろ」と言外に言われた事が腹立たしいのか、クラスメイト達が彼女を睨む。
けれど憎悪を込めた瞳で睨み返され、二人がたじろいだ。
そんな一触即発の空気を見て、教師が溜息をつく。
「朝比奈がそう言いたい気持ちも分かる。こいつらは全く反省の色が見えないからな」
「ち、ちが……。そんなつもりじゃ……!」
「あいつが変な事を言うから……!」
「お前達が皇と朝比奈に水を掛けたのは事実だ。しかも汚れた水を、な。それと、保健室でその後の処置をしていた事も既に聞いている。まさか、今回の件すら知らないと言う訳じゃないだろうな?」
言い訳を述べる彼等に言い聞かせるように、教師が淡々と問い詰めた。
怒りを押し込めたような低い声色からすると、本当は怒鳴りたいのだろう。
そんな教師の内心を察せず、クラスメイト達が慌てたように口を開く。
「今回の件は、俺達が嫌がらせをしてたって皇が言いふらして、教室から追い出そうとしたからやったんです!」
「教室に居させないなんて最低ですよね!?」
「なら今回のビデオカメラのような証拠を出せ。証拠もないのに皇達を責められん。お前等も同じ事を言ってただろう?」
「それは……」
先程の発言が綺麗に戻って来た事で、クラスメイト達が顔を俯けた。
教師としては空が嫌がらせをされているのが事実だと思っているので、単なる茶番のようなものなのだろう。
呆れたという風に溜息をつき、教師が空と葵に視線を移す。
「とにかく、一回だけの行いで停学には出来ない。すまないが、納得してくれると助かる」
「教師側の意見としてはそうでしょうが、厳重注意の後に私や空さんが報復をされた場合はどうするんですか?」
「流石に次は停学だろうな。報復をしない事については、こいつらが反省したと思うしかない」
「バケツの水をぶっかけ、その上で屁理屈を捏ねるような人達を信じるんですか?」
「そういう事になる。一応、こいつらの親には次は停学だときちんと伝えるつもりだが、すまないな」
結局の所、今回の件で彼等に被害はあまりない。強いて挙げるのなら、反省文が面倒なのと親から説教されるくらいか。
また、報復に関しては証拠が残らないやり方をされると、どうしようもない。
注意する側としてもこんな処罰で済ませたくはなかったのか、教師が苦々し気な顔で頭を下げた。
やはりというか、その姿を見て葵が苛立たし気に眉を寄せる。
「何の証明にもなってないじゃないですか! それが教師のやる事なんですか!?」
「…………すまない」
何の反論も出来ない教師の姿に、葵が拳を握り込んだ。
流石に宥めるべきだと、柔らかい微笑を顔に張り付けて口を開く。
「葵、もういい。取り敢えずの罰があっただけでも良しとしないか?」
「な、何で空さんは納得出来るんですか!?」
「学校側はどうせそんな処罰くらいしか出来ないからな。軽いものだと思ってたんだよ」
世間の目や情勢によって、教師の肩身が狭くなっているのだ。
元々、今回の件で空や葵が納得出来る処罰など下される訳がないと思っていた。
信用などしていない、という意思を言葉の裏に潜めてぶつけると、教師が顔を俯ける。
あまりにも棘のある発言だが、軽い処罰なのだから文句を言うくらいは許されるだろう。
「本当に、すまないな」
「別にいいですよ、仕方ありませんし。でも、これ以上俺や葵に何かするなら黙ってません。…………絶対に、今回のような軽い罰じゃ済ませない」
葵が傍で怒ってくれているから表に出さないだけで、空だって憤っている。
なにせ、葵に水を掛けたのだ。出来る事ならば、この場で一発くらい殴ってやりたい。
心の中に秘めていた憎悪と憤怒を僅かながら表に出せば、教師やクラスメイト達が驚きに目を見開いた。
「出来ればそうして欲しくはないが、皇に言う事ではないな。朝比奈は、それでいいか?」
「空さんがそれでいいなら、取り敢えず納得します。でも、先生やこの人達を信じた訳じゃありませんから。それと、女子だって荒っぽい事は出来ますからね?」
「……そうか。話はこれで終わりだ。皇と朝比奈は帰っていいぞ。こいつらは今から厳重注意と反省文だ。俺が報復しないと分かるくらい心の底から反省するまで、何時になろうと家に帰さん。勿論、親に詳細を伝えてな」
空や葵が絶対に引かないと悟ったようで、教師が取りまとめた。
報復しないのを確認するのは、空や葵へのせめてもの償いといった所だろうか。
このご時世だと生徒を家に帰さないだけでも問題になる気がするが、親には停学との二択を迫るのだろう。
クラスメイト達が絶望の表情を浮かべたが、自業自得だ。助ける気は無い。
葵と一緒に退出しようとすれば、教師の「そうだ」という声が掛かる。
「今回の件は、皇と朝比奈の親にも連絡しておかなければならない。正直なところ確認は意味が無いが、構わないか?」
「構いませんよ」
「……俺も、です」
葵はどうせ無関心だろうと思っての返答なのだろう。けれど、空の親は違う。
ややこしい事になるなと思いつつも、断る選択肢は無いので頷いた。
今度こそ退出し、ゆっくりと廊下を歩く。
体育祭が終わってから生徒指導室に集められたので、外は既に薄暗くなっていた。
「処罰に関してはぶっちゃけ納得してないですけど、取り敢えず一段落ですかね」
「後は報復してこなければ良しだな」
「あの先生次第ですけど、それでも確証は取れないので、まだまだせんぱいの恋人役は継続ですよ」
ここで葵と別れれば、空を馬鹿にする人が再び現れるかもしれない。
それにお互いに晶や朝陽と友人なのだ。別れた後でも四人で行動していれば、おかしい事に気付かれる。
状況的にこのまま関係を継続させるのが一番良いと分かっているのだが、論理的に納得するよりも早く、空の胸には安堵が満ちていた。
「そう、だな」
今の葵との距離感を壊したくない。嫌がらせの件が一段落した事で、自分自身の感情に気付いてしまった。
だからこそ胸の内を明かす事なく、頬を僅かに緩めるだけに留める。
「にしても腹減ったな。晩飯は何がいい?」
「うーん、ステーキとかどうでしょう?」
「そうだな。一段落した祝いに、パーっといくか」
「はい!」
いつも通りの会話の有難みを噛み締め、家に帰るのだった。




