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第70話 後処理

「うへぇ……。覚悟はしてたけど、最悪だなぁ……」


 空と葵は保健室に向かい、事情を話して水を掛けられた後処理をさせてもらっている。

 幸いな事に昼休憩明けまで空は競技に出ないので、焦る必要はない。

 今は濡れた運動着を脱ぎ、保健室の手前の水道で洗っている最中だ。

 先程、晶が担任の教師から教室の鍵を借りて空のバッグを持ってきてくれたお陰で、タオルで体を拭いたり制服への着替えは終わっている。


「ホントやってくれたよね。まあ、あいつらもこれで終わりだろうけど」

「違いない。自宅謹慎くらいはさせられるんじゃないか?」

「僕としては、もっと酷い目に遭わせたいんだけどなぁ」


 晶は表情を憎悪に彩らせているので、まだ怒りが収まっていないらしい。

 彼らしいとは思うが、ここは落ち着いてもらわなければならない。


「まあまあ。晶が協力してくれたからこそ上手くいったんだし、これでいいじゃないか」

「はぁ……。分かったよ。でも、次は手が出るかも」

「その時は私もお供させてください!」

「私もだよ、晶くん!」

「ああもう、皆して妙なやる気を出すなって……」


 あまり濡れなかったからと空の運動着の上側を洗っている葵と、その付き添いの朝陽が弾んだ声を上げた。

 喧嘩っ早い三人に苦笑を落としてたしなめるが、三人共が首を横に振る。


「出すに決まってるでしょ」

「だよね。葵ちゃん、やる時は本気でやろうね!」

「うん! ……あいつ等、マジで許さん」

「頼むから、これ以上大事にしないでくれ……」


 協力してくれたクラスメイトがビデオカメラを教師に渡しているので、この後は事情聴取されるだろう。

 その後の処置次第では、確実にこの三人が力に訴える。

 溜息を落とし、心の底から懇願した。


「ま、何にせよ後は運動着が乾くまで保健室でのんびりだ。後は俺一人で何とかなるぞ」

「私は靴も濡れましたし、せんぱいの服が乾くまで一緒に居ますよ!」


 葵は足元が濡れた程度なので、靴下を脱ぐくらいで済んでいる。

 とはいえ運動靴が汚れた水で濡れているのは嫌のようで、空の服と一緒に手洗いしていた。

 なので、彼女も暫くは外に出られない。

 そして今回実害が無かった晶と朝陽は、何故か生暖かい微笑を浮かべた。


「なら僕と朝陽は戻ろうかな。進展があったら伝えてよね」

「約束ですよ、皇先輩!」

「ああ、またな」


 二人の表情は気になったが、問い詰めた所で教えてはくれないだろう。

 諦めて見送り、運動着を洗って保健室の窓際に干す。

 後は生乾きになるまで待つだけだ。完全に乾かすのは諦めている。


「うーん、暇になっちゃいましたねぇ。私達が居るなら休憩してもいいだろって言って、先生も居なくなっちゃいましたし」

「仕方ないさ。折角の機会だし、のんびりさせてもらおうぜ」

「ですね」


 合法的に保健室を使えるのなら、遠慮なく寛がせてもらう。

 長椅子に座って肩の力を抜けば、隣に座っている葵が持ってきた鞄を漁り始めた。


「んー、新しい靴下どこだっけ……」

「そういえばまだ素足だったな。替えは用意しておくって話だったけど、もしかして忘れてたのか?」

「いえ、単純にすぐ見つけられなかったので、先に靴とかを洗うのを優先しただけですよ」


 がさごそと鞄を漁りつつ、葵がのんびりした声を漏らす。

 視線を下に向ければ、細く真っ白な足がさらけ出されていた。

 美しさと艶めかしさを宿す足に視線が釘付けになり、心臓が跳ねると同時に僅かながら罪悪感が沸き上がる。


「結局きちんと庇えなかったな。本当にすまない」

「さっき謝られましたし、改めて謝罪なんていいですって」

「そうは言っても足が――」

「足まで庇うのは無理ですって。むしろこれくらいの被害で済んだんですから、誇ってくださいよ」

「でもなぁ……」


 揉めに揉めて庇う事にしたのに、結局葵を濡らしてしまったのだ。

 濡れたのが足だけだとしても、誇れはしない。

 渋面を作って顔を俯けると、隣から「でしたら」とやけに明るい声が聞こえた。


「お詫びという事でやってもらいたい事があるんです。いいですか?」

「いいぞ、何だ?」


 有言実行出来なかったのだ。余程無理なお願い以外ならば叶える。

 あっさりと承諾すれば、葵が鞄から靴下を取り出して空に見せつけた。

 可愛らしい顔立ちには、小悪魔のような笑みが浮かんでいる。


「靴下、履かせてくれませんか?」

「……葵はそれでいいんだな?」


 靴下を履かせるという事は、足に触れてしまうという事だ。

 葵とて分かっているはずなので確認を取れば、白磁の頬が僅かに赤くなる。


「いいですよ。せんぱいにだけ、特別です」

「分かった。それじゃあ靴下を貸してくれ」


 葵から靴下を受け取り、彼女の前に腰を下ろした。

 ハーフパンツを着ているせいで思い切り曝け出されている足は、シミ一つない真っ白だ。

 家に居る時とほぼ同じだが、場所が違うからか何だか見てはいけない物を見ている気がして、心臓の鼓動が早くなる。


「い、いくぞ?」

「……はい」


 お願いした側である葵とて恥ずかしいようで、短い返事には羞恥が込められていた。

 おそるおそる折れそうな程に細い足首を掴めば、ぴくりと彼女の足が動く。


「んっ……」

「その、悪い。嫌だったか?」

「嫌ではなかったですけど、くすぐったいです」

「我慢してくれると助かる」


 滑らかな肌の感触が空を虜にする。出来る事なら、ずっと触っていたい。

 妙な緊張と羞恥、そして訳の分からない興奮に、心臓は運動後のように激しい鼓動を刻んでいた。

 それでも表情に出す事なく、葵の足に靴下を履かせていく。

 何とか靴下を履かせて安堵の溜息をつき、終わったと伝えるべく顔を上げた。

 いつもなら明るい笑みを浮かべている葵は、熱を帯びた瞳で空を見下ろしている。


「……」


 物欲し気な表情をしているせいで色気が凄まじく、このままではまずいと空の理性が訴えた。

 慌てて立ち上がり、葵の前で手を振る。


「おーい、終わったぞー」

「…………はぇっ!? そ、そうですか、ありがとうございます!」


 びくりと体を跳ねさせ、葵が我に返った。

 頬は湯気が出そうな程に赤くなっており、美しい蒼の瞳の奥には情欲が揺らめいている気がする。

 焦ったような表情をしつつ手で顔に風を送っているのを見て、一安心だと胸を撫で下ろした。


「これで後は俺の運動着が乾くの待ちか。もうすぐ昼なんだけどなぁ……」

「でしたら、保健室のすぐ傍で食べませんか? 流石に中で食べるのは駄目だと思いますので」

「賛成だ」


 保健室を出て廊下に座り、葵が鞄と一緒に持ってきた重箱を広げる。

 普通ならば外で食べていただろうが、今回ばかりは仕方がない。

 前日から一緒に作っていた料理に舌鼓を打つ。


「お、そぼろか。おにぎりの具は葵に任せて正解だったな」

「せんぱいの卵焼き、美味しいです。出汁が効いてますねぇ」


 先程まで騒動を起こしていたし、まだ事後処理が残っている。

 それでも、この瞬間だけは何もかも忘れて、葵との食事を楽しむのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホントやってくれたよね。計画通りというか予定通りというか、想定してたようになったけどただの水じゃなかったのが面倒だったな。証拠映像としては良い具合に悪意を色に表してるからいいんだけど。奴ら…
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