第66話 物色を終えて
「上がったぞー。って、滅茶苦茶寛いでるな……」
空の部屋を物色する葵を放り出し、風呂を終えて戻ってきた。
物色は終わったようで、葵がベッドに寝転んでだらけている。
セミロングの金髪がベッドに広がる光景は、思わず見惚れてしまう程に美しい。
ショートパンツから伸びる真っ白な足が醸し出す艶めかしさもあるので、正直なところ目に毒だ。
「お帰りなさーい。だってベッドですよ? 横にならなきゃ駄目でしょう」
「俺のベッドなんだけどな。もうちょっとこう、抵抗とか無いのか?」
「ありませんよ。というか、せんぱいの匂いがして落ち着きます」
ふにゃっと緩んだ笑みを見せた葵が、空のベッドに鼻を押し付ける。
空の匂いを気に入ってくれるのは嬉しいが、嗅がれているのはベッドというある意味一番匂いが移る場所なのだ。
羞恥が沸き上がり、空の頬を炙る。
「……そうか」
「せんぱいって元々良い匂いですけど、ここは最高ですねぇ」
「ああもう、変な事を言うんじゃない」
葵は空の家に入り浸っているのだ。リビングに空の匂いは移っているだろうし、嗅ぎ慣れているのだろう。
最近は頭を撫でたりすぐ傍で勉強を見ていたので、そのせいもあるかもしれない。
純粋過ぎる褒め言葉を受け止めきれず、がしがしと頭を掻いて葵に背を向けた。
「まあ、何だ、ご褒美だからな。好きに過ごしてくれ」
「そういうせんぱいはどこに行くんですか?」
「いつも通りリビングでゆっくりする」
「ゆっくりするならここでもいいと思うんですが」
無防備な笑顔を浮かべ葵が空のベッドを叩く。
彼女の言わんとする事を理解し、頬が引き攣った。
「そこで一緒にゆっくりしろと?」
「はい。ベッドもソファも、大して変わらないじゃないですか」
「変わるに決まってるだろ。というかシングルベッドだし、二人で寛ぐのは無理だ」
近くに居る、という点で見ればベッドもソファも変わらないかもしれない。
しかし葵は起き上がる素振りを見せないので、このままだとソファに居る時よりも距離が近くなってしまう。
それっぽい理由を述べて断ると、葵が不満そうに頬を膨らませ、それから茶目っ気たっぷりに笑んだ。
「じゃあこうすればいいですよね?」
「……ベッドから足を出してまで俺が一緒に居るべきだと?」
「もっちろんです!」
「分かった、分かったよ。降参だ」
空の寛ぐスペースを作る為、葵がベッドから足をはみ出させた所で負けを認めた。
溜息をついてベッドに上がり、端に陣取る。
胡坐をかいて壁に背中を預ければ、楽な体勢の出来上がりだ。
「そんな端に行かなくてもいいんじゃないですか?」
「別にどこに居てもいいだろうが。多少葵のスペースが広くなるし」
「もう……。気にしないでいいのに」
呆れと嬉しさを混ぜ込んだ微笑を落とし、葵が再び寛ぎ始めた。
とはいえベッドの上で時間を潰せるような物を持っておらず、彼女はスマホを弄っている。
空も似たようなもので、部屋が静寂で満たされた。
「「……」」
葵は喋る時は喋るものの、当然ながらずっと口を動かし続けている訳ではない。
なのでお互いに無言になる時は何度もあったし、この程度で気まずくなどならない。
のんびり目的もなく過ごしていると、葵がもぞもぞと動き出した。
スマホに顔を向けながら視線だけで眺めていると、彼女はおそるおそる近付いてくる。
やはりシングルベッドに二人は狭かったかと腰を上げようとしたところで、空の太腿に葵の頭が乗った。
「…………えへ」
悪戯が成功した子供のような、けれども僅かな不安を混ぜた笑顔で、葵が空を見上げる。
これで葵の体はほぼベッドに入ったので、遠慮なく寛げるのだろう。
それは良い事なのだが、まさか膝枕する事になるとは思わなかった。
「……はぁ」
大胆な葵に溜息をつき、彼女から視線を外す。
溜息をついたものの、言外に膝枕を許したのが伝わったのだろう。
葵の顔が甘さを帯びた笑顔に彩られた。
「んふふー。最高ですねぇ」
「そんなに俺の膝は使い心地が良いのか?」
「ぶっちゃけ悪いです。ちょっと固いですし、高いので」
「おい」
「でも、これがいいんですよ。私専用の枕です」
「……ホント狡いな」
割と容赦のない感想に突っ込みを入れたが、返ってきたのは柔らかな微笑だった。
毒気を抜かれ、せめてもの反撃として美しい金糸へと手を伸ばす。
ゆっくりと頭を撫でれば、幸せそうに目が細まった。
「んー。これもいいですねぇ。もっと撫でてくださいな」
「お安い御用だ」
今まで何度か葵の頭を撫でているので、手の動きに淀みはない。
だからなのか心地良さそうな表情をしてくれるのが嬉しくて、ついリクエストに応えてしまった。
彼女の望みを叶える為、スマホから目を離して撫でるのに集中する。
暫くされるがままになっていた葵だが、唐突に「あ」と声を上げた。
「どうした?」
「せんぱいは学年三位でしたよね。凄い成績なのにご褒美が無かったなと思いまして」
「別にいいさ。ご褒美が欲しくて三位になった訳じゃない」
肩を竦めてご褒美を辞退するが、葵は小さく首を振る。
彼女の頭が膝に擦れてくすぐったい。
「なら、私のテスト勉強を手伝ってくれたお礼はどうでしょうか?」
「……これ、絶対何か受け取らないといけないやつだよな?」
「大正解です。さあさあ、ご褒美は何が良いですか? 私が膝枕しましょうか?」
してやったりという風な葵の笑みに、呆れを混ぜた苦笑を落とす。
こうなったら何か適当なご褒美でもと考えた所で、一つだけ思いついた。
「膝枕は遠慮しとく。……でも、もうちょっとだけ頭を撫でていいか?」
魅力的な提案だったが、行動に移されると羞恥で悶える事になっただろう。
代わりに今の状況の延長を提案すれば、葵がきょとんとした顔になる。
「それくらいご褒美でも何でもない気がしますが。というか私が要求したくらいです」
「まあまあ。葵の要求を抜きにしても俺がやりたいんだよ」
「ふむ……。まあせんぱいのご褒美に気付いたのが遅かったですし、せんぱいがそれでいいなら」
「さんきゅ」
葵の行動が切っ掛けではあるが、美少女を膝枕しただけでなく、頭も撫でていいのだ。
男性の殆どがこの状況をご褒美と言うだろう。
だからこそ提案したし、ベッドに広がる髪も、彼女の緩んだ笑顔も最高だ。
短く感謝を伝え、少しでもこの時間が長く続くように、ゆっくりと撫で続けるのだった。




