第65話 ご褒美は
週末をほぼ勉強漬けで終わらせ、テストも無事終了した。
今日は結果発表の日であり、掲示板に成績上位者の名前が張り出されている。
上から三番目にある『皇空』の名前を見て、隣に居る晶が感心と呆れを混ぜた笑みを浮かべた。
「ホント空は頭が良いよね」
「あくまでテストで決めた頭の良さだ。威張るもんじゃない」
頭の良さというものは勉強の良し悪しだけで決まる訳ではない。
機転を利かせる頭の回転の速さや狡賢さ、取り繕い方の上手さ等の頭の良さもあるのだから。
とはいえここで謙遜するのは、流石に性格が悪過ぎる。
肩を竦めて何も感じていない素振りを見せれば、晶が苦笑を零した。
「ここで威張ってたら、それはそれで面白いと思うけどね」
「むかつくだけだと思うぞ。それに、俺は目を付けられてるしな。なるべく大人しくしておいた方がいい」
嫌がらせは一度収まったが、それでも空は葵と付き合っていると周囲に認識されて悪目立ちをしている。
ここではしゃげば、クラスメイト以外からも嫌がらせをされるかもしれない。
心配し過ぎの可能性もあるが、念には念を入れなければ。
「確かにね。それじゃあ見る物も見たし、教室に戻ろっか」
「だな」
晶は平均より少し上の成績だし、朝陽も掲示板に載る程ではないらしい。
葵もたった二日の追い込みだけで成績上位者になれる訳がない。
なので掲示板を見に行くのは空だけで良く、昼休みに葵達の教室へ行くついでに確認しようと思っていた。
しかし、晶が「どうせだから」との事で付いてきたのだ。
付いて来てくれた晶には申し訳ないが、既に掲示板を見続ける理由などなく、あっさりと回れ右をする。
見に行きたかったらしい葵に文句を言われつつも昼休みを過ごし、予鈴が鳴ったので教室に戻った。
すると、二年生になってからのクラスメイトが話し掛けてくる。
「皇って滅茶苦茶頭が良いんだな」
「それ思った。なんつーか、その」
「意外だったか? そう思われても無理ないから、気にしてないぞ」
成績上位者など興味の無い人や、知り合いではないから名前を憶えない人もいるのだ。
なので意外に思われる程度で不快になどならないし、絶賛されるよりか対応しやすい。
肩を竦めて微笑を零し、会話に勤しむ。
そんな中、ちらりと教室の隅へ視線を移した。
「「……」」
ゴールデンウィーク明けに葵とひと悶着あってから、彼等は休み時間になると教室を出て行くか、教室の隅で固まるようになった。
証拠は未だに無いものの、彼等が空に嫌がらせをしていたのはほぼ確実なので、居心地が悪いのだろう。
そんな彼等は空を横目で眺めつつ苛立ちを顔に表し、何かを話している。
(何を言ってるかすげー予想出来るなぁ……。俺が煽った訳でもないんだし、テストの成績一つで目の敵にするなよ)
大方「勉強だけが取り柄の奴が」とやっかまれているに違いない。
ここでクラスメイトの会話中にはしゃげば「いい気になってる」と言うのだろう。このままでも「澄ました顔しやがって」と言われるのかもしれないが。
何にせよ、彼等に対して空が出来る事などない。
クラスメイトとの会話に花を咲かせ、昼休みを終えるのだった。
「テストも終わったし、ご褒美にするか? 何にするか全く聞いてないけど」
晩飯の片付けを終えて、葵に尋ねた。
既に彼女の成績は聞いており、全教科平均点より少し下を取れたらしい。
晩飯の最中に褒めたのだが、嬉しそうにはにかんだだけだった。
曰く「あんなに勉強を見てもらったのに平均点以下なのが悔しい」との事だ。
空としては気負わないで欲しかったし、ご褒美に条件を付けてもいない。
なので気分を変えるように葵へ微笑を向ければ、彼女の唇が弧を描いた。
「それなんですが、ずっと悩んでましたけどようやく決まりました! いいですか?」
「いや、だから内容を言え内容を」
「せんぱいの部屋に入ってみたいです!」
「は、はぁ……。別にそれくらいならいいけど……」
かなり辛かった長時間勉強を終えたご褒美にしては、随分とあっさりした願いだ。
正直なところ拍子抜けだったが、自室は葵に家の鍵を渡していても唯一入らせなかった場所だ。どうしても気になってしまうのだろう。
肩透かし感を覚えつつも許可すれば、葵の顔が満面の笑みに彩られる。
「ホントですか!? やったぁ!」
「そこまで喜ぶようなものじゃないと思うぞ? 珍しい物なんて無いし」
「構いませんよぉ! それじゃあ早速入らせてもらいますね!」
一気にテンションを上げた葵が、空の自室への扉を開く。
電気を点けると、至って普通の綺麗に片付けられた部屋が視界に入った。
「な? 普通だろ?」
「確かにそうですけど、私にとってはそうじゃないんです!」
「……よく分からん」
頭を振る空とは反対に、葵がきょろきょろと空の自室を見渡す。
すぐに飽きると思ったのだが、彼女は空を見つめてにんまりと笑んだ。
「折角なので、物色しても?」
「……別にいいけど、まさか男の私室を漁りたいと言うとは思わなかったぞ。あっさり和泉の上を行ったな」
いくら葵が空の家に入り浸っているとはいえ、男の私物を触る事に関して朝陽以上に抵抗がないとは思わなかった。
頬を引き攣らせてほんの少しだけ言葉の棘で葵を付くと、小さな唇が不機嫌そうに尖る。
「だって気になるんですもん。えっちな本とか見てみたいです」
「ごふっ!?」
葵の口から告げられた爆弾発言に息が詰まった。
羞恥が一瞬で頬を炙り、心臓が痛い程に脈打つ。
「あ、あのなぁ! そんな事言うなよ!」
「その反応は、もしかしてホントに持ってるんですか!?」
「嬉しそうな顔すんな! 女の子に本を探していいかとか言われたら、誰だって焦るっての!」
空と葵の立場を入れ替えたら、間違いなくセクハラだ。葵の自室を漁りたいなど、口が裂けても言えないが。
瞳を過去一番に輝かせている葵に男心を説明すると、心外だとでもいう風に肩を竦められる。
「女子だってエロ方面の話に興味はありますよ。それで、どうなんですか?」
「……あってもなくても、俺の評価が地に落ちるだろ」
「まさか。あったら『男の人なんだなー』ってだけです。というか無かったら女性に興味が無いのかと心配になります」
意外にも男の欲望に関しては寛容らしい。
葵に引かれる事はないと分かって一安心だが、彼女の発言があまりにもストレート過ぎて全く落ち着けない。
「黙秘権を行使するのは?」
「漁る許可はすでにもらったので、黙っていても意味無い気がしますが。あぁ、絶対に触れて欲しくない場所とか言っても良いですからね? その場合は察しちゃうんですけども」
「詰んだ…………」
深く考えず許可した結果、自らの首を絞めてしまったらしい。
ここまで来れば隠し通す事は出来ないと、盛大に溜息をついて口を開く。
「その、だな。部屋に、そういうのは、無い」
「ふむ。あるにはあるんですね?」
「……ああ。スマホの中にだけどな」
部屋にはその類の本は置いてないので、物色されても構わない。
しかし一切見つからなかった結果、男性として心配されるのは辛過ぎる。
事実を述べつつスマホをしっかりと手に持てば、葵が残念そうに肩を下げた。
「そこにあるなら見るのは諦めるしかありませんね。ま、あると分かっただけ良しとしましょうか」
「ありがとう、でいいのか?」
「これに関しては、むしろ私の方がありがとうですよ」
「そ、そうか」
どうやら葵としては満足だったようで、淡く頬を色付かせて微笑んだ。
やはり性的な話をするのは恥ずかしかったのだろう。
異性を感じさせる笑みに心臓の鼓動が乱れ、彼女から視線を外した。
「それはそれとして、改めて物色してもいいですよね?」
「ここまで来て隠す物もないから、いいぞ。でもその棚の中は下着類だから止めてくれ」
「わっかりました!」
「それと、風呂入ってきていいか?」
「大丈夫ですよ! 私の事はお構いなく!」
「お構いなくじゃないんだよなぁ……」
元気だけはいい葵の返事に小さく溜息をつき、彼女を放って風呂場に向かうのだった。




