第49話 どっちがいい?
「……なあ、店の外に出ていいか?」
意気揚々と葵に付いて行くと言ってすぐ、空は先程とは真逆の発言をした。
当然ながら頷かれるはずもなく、葵は不機嫌そうに唇を尖らせる。
「駄目に決まってるじゃないですか。というか何で日和ってるんですか?」
「ここが女性専門の店だからだろうが! 見ろ! 殆ど男性が居ないって!」
「それが? 悪い事をしてる訳じゃないですし、気にしたら負けです」
「でも視線が、その、辛いんです……」
勿論、葵が言ったようにやましい事などしておらず、単に付き添いなだけだ。
それでも、店内の女性から興味の視線をいただいている。
露骨な悪感情は向けられていないが、場違い感が凄まじい。
先輩の威厳など放り投げて情けない声を上げれば、葵が小悪魔の笑みを浮かべた。
「だーいじょうぶですって。せんぱいは私に集中してくれるんでしょう?」
「…………そりゃあ、そうだけどさ」
「なら何も問題はないですね」
あっさりと言いくるめられてしまい、負けた気持ちになりつつ葵と共に店内を物色する。
とはいえ見る物全てが女性用の服であり、ジッと見ていると駄目な気がしてあちこちに視線をさ迷わせているのだが。
あまりにも空が落ち着かないからか、葵がくすくすと楽し気に笑う。
「挙動不審過ぎますよ。もっと堂々としてくださいな」
「無理」
「ふーむ、なら仕方ありません。そんなせんぱいに選択肢を与えましょう」
「選択肢?」
店の外に出る許可が貰えるのかと期待する空の前に、二つの服が現れた。
一つは現在葵が着ているワンピースを夏用にした物。二つ目はパンツスタイルの動きやすそうなものだ。
ご機嫌な笑顔の葵が、二つの服を軽く揺らす。
「どっちが私に似合いますか?」
「どっちも似合うと思うけど」
ワンピースは言わずもがな、パンツスタイルも容姿が整っている葵は着こなすだろう。
なので素直ではあるが遠回しな感想を口にすると、葵がぷくりと頬を膨らませた。
「私はせんぱいの好みを聞いているんです。どっちもなんて優柔不断はナシですよ」
「そう言われても、本当に似合うと思うから言っただけなんだが」
「む……。そうですか、分かりました。なら実際に着てみます」
空が選択出来ないと悟ったようで、葵が納得のいかなさそうな顔をしつつ、二つの服を持って試着室へ向かう。
すぐ小部屋に入った葵を待つ為、空はその正面にある壁に凭れた。
「めっちゃくちゃ気まずい……」
空が女性の着替えを待っているのは近くの店員や客に知られており、不快な視線は送られていない。
しかし微笑ましいものを見るような目は、背中がむず痒くなる。
どうにかしたいと思うが、ここから離れる訳にはいかない。
ジッと身を固めて待っていると、目の前のカーテンが引かれた。
「まずはこっちです。どうですか?」
そう言って葵が見せたのは、半袖のワンピースだ。
シンプルな空色のワンピースが葵の金髪に映え、清楚さと可愛らしさを両立している。
葵が美少女だという事を改めて突き付けられ、見ているだけで頬が熱くなってきた。
感想を求められているのは分かっているが、口が上手く動かない。
「その、やっぱり可愛い、な」
「成程、割といい感じみたいですね。では次です」
にんまりと笑んだ葵がすぐにカーテンを引き、着替えだした。
頬の熱を必死に沈めていると、再びカーテンの奥から彼女が現れる。
「こっちはどうでしょうか」
葵が微笑を浮かべつつ見せたのは、黒のロングパンツに白のノースリーブだ。
こちらもシンプルだが可愛さよりも綺麗さを全面に出しており、肩まで見える真っ白な肌が眩しい。
何だか見てはいけない物を見ている気がして、どくどくと心臓の鼓動が早くなる。
「せんぱい?」
「え、あぁ、ごめん。何というか、綺麗だ、凄く」
葵に呼ばれて我に返り、口ごもりつつも感想を述べた。
見惚れていたという事実が空の心を擽り、彼女の顔を見る事が出来ない。
「それで、結局どっちが良いですか?」
「マジで甲乙つけがたい。こういう時に、その、あれだ。素材が良いってのは大変だな」
言葉通り、空の中でどちらが良いかの判断が出来ない。
やはりというか、美少女だからこそ葵は何でも着こなせてしまうようだ。
遠回しに彼女の容姿を褒めつつ苦笑を浮かべれば、葵が僅かに頬を緩めつつも、顎に手を当てて考え始めた。
「んー。せんぱいはホントにどっちも良いみたいですし、これは悩みますね……」
「何か、すまん」
「いえいえ。これで適当な反応だったら怒ってましたが、そういう訳じゃないのは分かってます。だから大丈夫ですよ」
「……そうか」
どうやら、空が二つの服に見惚れていたのはバレているらしい。
かなり恥ずかしいが、そのお陰で短い感想でも許されたのだから、これで良かったのだろう。
安堵に胸を撫で下ろすものの、これでは答えが出ない。
ジッと葵の言葉を待っていると、彼女の中で考えが纏まったようでポンと手を叩いた。
「取り敢えず、他の店に行きましょう!」
「買わないのか?」
「一つの店だけで決めるなんて、そんな甘い考えはしませんよ。これはキープです」
「……そういう物なのか」
「はい、という訳で失礼しますね」
まさかの第三の選択肢を口にした葵に僅かながら引いていると、もう一度カーテンが空と葵を遮った。
堂々と発言しても良いのかと不安になって周囲を窺えば、客も店員も特に気にしていない。
おそらく、他の客も似たような事をしているのだろう。
空は一応服には気を付けているものの、これだと決めたら買ってしまうので葵とは違い過ぎる。
感心と僅かな恐れを抱いていると、長袖ワンピースに戻った葵が小部屋から出て来た。
「さてさて、行きましょうか」
葵と共に服を元の場所へ戻し、店を出る。
全く元気の衰えない葵の姿に、買い物が長引く予感がしてひっそりと溜息をつくのだった。




