第48話 お出掛け
「よし、準備完了」
葵のご機嫌取りという名目でお出掛けの日となった、ゴールデンウィーク二日目。
身だしなみを整え、リビングで独り言ちた。
葵との約束の時間まであと少しなので、ソファに座って待つ。
すると時間ぴったりに呼び鈴の音が鳴った。
玄関で靴を履き替えて扉を開ければ、太陽に負けない程の眩しい笑顔を浮かべた葵が居る。
「こんにちは、せんぱい! 絶好のお出掛け日和ですよ!」
「だな。こんにちは、朝比奈」
挨拶を返して戸締りを終え、エレベーターに向かう。
ちらりと隣を見れば、五月に入ってより温かくなったからか涼し気な長袖ワンピースがひらりと揺れていた。
シンプルだからこそ葵の容姿の良さが引き立っており、目の保養になり過ぎる。
ずっと見ていてはマナー違反なので視線を外して誰も居ないエレベーターに乗り込むと、葵がその場でくるりと回った。
「結構気合を入れたんですけど、どうですか?」
「まあ、その、似合ってるぞ」
女性の服を褒めた事などないが、感想を求められたのだから答えるべきだろう。
沸き上がる羞恥を押し込めながら短い感想を口にすると、葵の顔がぱっと華やいだ。
「えへへー。ありがとうございます。頑張ったかいがありました」
「そこまで喜ばれると、やっすい感想だったのが申し訳なくなってくるな」
一応褒めはしたが、空の言葉が女性を褒めるにしては物足りない事くらい分かっている。
罪悪感に顔を逸らせば、葵が空の視界に入り込んできた。
何も恥じる事など無いという風に手を広げ、整った顔はご機嫌に笑んでいる。
「でしたら、もっと褒めてくださいな。ほらほら」
自分の容姿と服装に自信があるからこその態度なのだろうが、全く不快感は湧かない。
それどころか、可愛らし過ぎて目を向ける事すら躊躇ってしまいそうだ。
だからこそ、素直に感想を口に出来なくなる。
葵を見つめつつ口を開いては閉じてを繰り返していると、エレベーターが一階に着いた。
彼女から視線を切ってエレベーターを出つつ、ぼそりと呟く。
「……可愛い」
「あー! そういうのひきょうです!」
逃げたと分かったようで、葵が抗議しつつ空の隣に並んだ。
抑えていた羞恥が頬を炙っており、見られたくなくてそっぽを向く。
「知らん知らん。というか、俺だけ朝比奈を褒めるのは納得いかないんだが。……そりゃあ俺はその、あれだけどさ」
空が葵と並んだ際に釣り合っていないのは分かっている。
それでも話を逸らす為に逆の立場になれと突っ込みを入れれば「そうでした!」と溌剌とした声が聞こえてきた。
「落ち込む必要なんてありません! せんぱい、すっごくかっこいいです!」
「…………そうかよ。ありがとな」
どうやら、空の試みは失敗したらしい。
何の迷いもない感想に、更に羞恥が沸き上がって空の心を擽る。
短くお礼を言えば、くいくいと袖を引っ張られた。
「そんなに恥ずかしがらないでくださいよー。ホントに似合ってますから!」
「分かった。分かったから」
「という訳でこっちを向いてください!」
「それは嫌」
火照った顔など絶対に見られたくない。
つんとした態度を取れば「いじわるですー!」と不満そうな声が返ってきたのだった。
「で、連れて来たかったのはここか?」
「はい! 到着です!」
葵と話しながら駅に向かい、電車に揺られる事約一時間。
目の前には、洋服店がずらりと並んでいた。
どうやらかなり有名な場所らしく、凄まじい人込みで溢れ返っている。
「そろそろ夏ですし、服を買いたかったんですよねぇ」
「それはいいけど、和泉と行けば良かったんじゃないか?」
同じ女性なら的確なアドバイスがもらえるだろう。
そう思っての発言だったが、盛大に溜息をつかれた。
「私はせんぱいを頼ったんです。そういう発言はNGですよ」
「俺、女性の服を選んだ事ないんだぞ。アテになるか?」
「アテになるに決まってるじゃないですか。それに、朝陽はもしかするとこういう所に行けなさそうですし」
「あー、そうか。体が弱かったんだよな」
昔は体が弱かったと言っていたし、今も長時間外で買い物は出来ないかもしれない。
入学式の日に喫茶店に行った際、晶が『ゆっくり出来る場所が良い』と言っていたので、当たらずとも遠からずのはずだ。
そうなると葵は空しか頼れる人が居なくなるので、ここは力になるべきだろう。
それに今日は葵のご機嫌取りであり、行先も彼女に任せたのだ。
気合を入れて、胸を軽く叩く。
「そういう事なら、精一杯やらせてもらうさ」
「言質取りましたからね! 行きましょう!」
葵が元気良く拳を振り上げ、人込みに向かって歩き出した。
逸れないようにしなければと気を付けつつ、彼女の後を追う。
そうして葵と一緒に歩き始めると、すぐに多くの視線が向けられた。
当然ながら、その殆どは隣できょろきょろと視線をさ迷わせている葵に向けてだ。
「んー。この店は違うなぁ……」
「分かってはいたけど、こういう場所で注目されるのを全く気にしてないんだな」
「はい? ああ、なーんか注目集めてますねぇ。こんなの気にするだけ無駄ですよ」
「学校でも同じような態度だし、そう言うと思ってたけどさ」
自分の容姿が整っている事を自覚しているが、それはそれとして興味の目には全く関心が無いらしい。
心底どうでも良さそうな葵の発言に苦笑を零す。
「俺への嫉妬が凄いんだよなぁ……」
葵は美少女なので悪感情は向けられないが、空に向けられる男性の念は羨望と嫉妬だ。
学校でも似たようなものを受けているのでへこたれるつもりはないものの、気分は良くない。
こういう時でさえ悪目立ちするのかと溜息をつけば、葵がやれやれという風に嘆息した。
「それも気にしないでおきましょう。せんぱいは私のご機嫌取りの為にここに来た。なら、せんぱいが私以外に注目するのは駄目だと思いませんか?」
「……確かに」
「そういう訳で私に集中してください、ね?」
可愛らしく小首を傾げる姿に、どくりと心臓が高鳴る。
周囲が葵の姿にざわめいたが、彼女から目が離せない。
こんなにも魅力的な美少女を独占出来るという事実に頬が緩まってしまう。
「分かったよ。さんきゅ」
「いえいえ。気を取り直して行きましょー!」
ぐいぐいと空を引っ張る少女の姿が頼もしくて、眩しくて。
目を細めつつ、葵の隣を歩くのだった。




