第45話 呼び出し
週末にしっかりと対策した事で、月曜日は何も嫌がらせをされる事なく過ごせた。
しかしゴールデンウィーク前である四月最後の日。
夕方のホームルームを終えて昇降口で靴を履き替えようとすると、何も入っていないはずの空の下駄箱に、手紙が入っているのに気が付いた。
古典的な告白の呼び出しかと思うような状況だが、そんな甘い考えはしていない。
気を引き締めながら手紙の中身に目を通す。
『一人で俺達の教室のある校舎裏に来い』
ある意味古風で簡潔な呼び出しに、体が強張るどころか苦笑が出てきてしまった。
間接的な嫌がらせをされる可能性を潰した結果、どうやらついに直接的な行動に出たらしい。
意味が無いと悟って嫌がらせを諦めて欲しかったが、僅かな期待は無駄だったようだ。
手紙を握り潰し、怪訝な顔をしている晶へと視線を向ける。
「ちょっと呼び出されたから行ってくる」
「呼び出された? それって告白じゃないよね?」
「残念ながら違うみたいだ。相手はまあ、あいつらだろうな」
「なら放っておいてもいいんじゃない? 律儀に行く必要ないよね?」
「ごもっともな意見だけど、行かなかったら面倒臭い事になりそうだ」
不快感を露わにした晶の発言には、完全に同意だ。出来る事なら空だって行きたくない。
しかし『遊びに誘ったのに無視した薄情者』等の適当過ぎる噂を流されては、付け入る隙を与えてしまう。
肩を竦めて首を振れば、晶が盛大に溜息をついた。
「その可能性はあるけど、今のあいつらはクラスでも浮いてるから、例え変な噂を流されても信じる奴は居ないと思うよ?」
空の居ない教室で、散々陰口を叩いていたのだ。
当然ながら空以外の大半のクラスメイトは聞いていたし、女子は空へ嫌がらせをした人達だと判断して彼等を毛嫌いしている。
男子の中にも眉をひそめる人はおり、既に彼等に味方は殆ど居ない。
だが、それでは楽観視出来ないと首を振る。
「こういうのは声が大きい人が有利なんだよ。後はすぐに圧を掛ける人とかな」
嫌がらせをする男子グループは、その殆どがそれなりに容姿が整っている。
また、一年生の頃はそれぞれがクラスの中心だったようで、当然のように周囲を威圧しているのだ。
そのせいで、嫌がらせの詳細を知っている男子は何も言えずに黙り込んでいる。
女子はトラブルになりたくないという事で、毛嫌いはしているものの面と向かって文句を言ってはいない。
唯一の救いは男子グループを見張ってくれている事だが、それもあくまでトラブルに巻き込まれていないからだろう。
ままならない人間関係に心当たりがあるのか、晶が苦々しい表情になる。
「……そうだけど。ホントに行くの?」
「ああ、行く。晶は朝比奈と和泉と一緒に先に帰ってくれ。俺一人で来いだとさ」
「はぁ!? それって空一人なら何とでもなるって事だよね!? 舐めてるでしょ!」
「な、何? どうしたの、晶くん!?」
晶が憤怒の表情で声を荒げた事で、朝陽と葵が来てしまった。
どう説明するべきかと悩んでいるうちに、晶が説明してしまう。
空の予想していた通り、美少女二人が怒りを顔に滲ませた。
「なんですか、それ! 皇先輩一人を呼び出すとか最低です!」
「…………ホンッッット、ああいう奴らってロクでもない」
三人が怒ってくれる事が、どうしようもなく嬉しい。
だからこそ、今回は素直に一人で呼び出されるべきだ。
僅かに瞳を細め、微笑を形作る。
「さんきゅ、三人共。でも、やっぱり一人で行くよ」
「せんぱい一人は駄目です! 私も一緒に行きます!」
「僕も同じだよ。行かなきゃならないのは百歩譲って仕方がない。けど、わざわざ全部の要求を呑む必要なんかない」
「そうですよ! どうせ理不尽な事を言われるに決まってます!」
「本当にありがとう。でも、一人で行かせてくれ。頼む」
相手の要求と違う事をすれば、逆上されるだけだ。
ましてや、今の状態の葵達と一緒に行けば大事になる可能性がある。
葵達はそれでも構わないのかもしれないが、空が許せない。
深く頭を下げて頼み込めば、葵達が息を呑んだ。
「……どうしても、ですか?」
「どうしても、だ」
絶対に意見は曲げない。
だからこそ目を逸らさずに葵達を見つめれば、晶がはあと溜息をついた。
「分かったよ。でも、僕らはあいつらにバレない所から見守らせてもらうからね」
「俺一人で来いって言われてるんだが」
「空はそうしようとした。でも僕らが勝手についてくる。それだけさ。誰にも言うな、なんて指示は無かったんだから、それくらい許されるでしょ」
「いやまあ、そうだけどさ」
これ以上は譲歩しないと、晶が腕を組んで唇を尖らせる。
屁理屈だと苦笑を零す空とは反対に、葵と朝陽の顔が輝いた。
「いいですね、それ! 私達は勝手に行動してるだけですし!」
「流石晶くん!」
「………………ああもう。頼むから首を突っ込んで揉めるなよ?」
三人の盛り上がり方からして、既に空が止められはしないだろう。
がしがしと頭を掻きながら忠告すれば、三人共が笑顔で頷くのだった。
葵達と別れ、空が普段使用している校舎の裏に来た。
グラウンドから離れているからか、呼び出したクラスメイト達と、空からは見えないが葵達しかいない。
空が一人で来た事で、嫌がらせをしている人達――特に四月の当初、晶に痛い目に遭わされた男子が意地の悪い笑みを浮かべた。
「よぉ皇。来てくれて悪いな」
「そういうのはいいから、用件を話してくれないか?」
世間話をする為に集まった訳ではない。
それに、温和に接する必要も無いだろう。
素っ気ない言葉で話の先を促せば、彼等の顔が不快そうに歪んだ。
しかしそれも一瞬で、馴れ馴れしい軽い笑顔になる。
「皇にお願いがあるんだけどさ。クラスの奴らに俺らが何もしてないって説明してくれよ」
「そうそう。俺ら何にも悪くねえのに皆が冷たいんだよ」
「おかしいよな。なあ皇?」
「……は?」
突然の要求に、思考が途切れた。
画鋲に関しては、犯人を見ていないので彼等を責められない。けれど運動着に関しては違う。
空が更衣室で気付いた際に嘲るような笑みを浮かべていたし、運動着を隠した際に空以外のクラスメイト数人に見られたのだ。
明確な言葉にこそしなかったものの、空に謝罪しようとしたクラスメイト達の態度から、彼等が行ったと分かっている。
呆けたような声を出す空を、彼等が囲んだ。
「だって、何も証拠が無いんだぜ? なのに勝手に目の敵にされて困ってんだよ」
「皇は優しいから、説明してくれるよな?」
「…………あぁ、そういう事か」
辛い表情を見せなければ、嫌がらせをされないように対策すれば、彼等は意味が無いと悟って嫌がらせを辞める。
晶が教室で遠回しに釘を刺してくれたから、空は何も反応せずに耐えていればいい。
そんな甘い考えをしていたせいで『こいつには舐めた態度を取っても問題ない』と思わせてしまったようだ。
ここに来る前に感情的になっては駄目だと心を冷やしていたが、更に冷たくなった。
ぼそりと呟きを落とせば、彼等が勘違いしたのか唇の端を釣り上げる。
「説明してくれるんだな!」
「流石皇、頼りになるなぁ!」
「いやー、俺は皇ならやってくれると思ってたぞ!」
上辺だけの誉め言葉が、空の耳に入ってきた。
何一つ心に響かず、ゆっくりと口を開く。
「誰が説明するか。自業自得だろ」
「「「「…………あ゛?」」」」
空が自分達の思っていた反応をしなかったからか、低い声が校舎裏に響いたのだった。




