第43話 同じ痛みを抱えているから
レースゲームで葵が一位を取ってから、朝陽が露骨な妨害を仕掛けないと宣言した事により、それからは皆で純粋に楽しんだ。
そして深夜に差し掛かった所でお開きとなり、葵と朝陽が弾んだ声を上げる。
晶も充実したような笑顔を浮かべているので、かなり楽しんだのだろう。
「あー楽しかった!」
「遊んだ遊んだー!」
「いやー、こんな大人数で遊ぶのも悪くないね」
空とて夜遅くまで起きる事は多いが、遊びっぱなしだったので流石に疲れた。
大きく伸びをして体を解す。
「んー! さてと、そろそろ寝るか。朝比奈と和泉は向こうだな」
「ですね。それじゃあお暇します。行こう、朝陽」
「はーい」
はしゃいでいる最中は全く自覚が無かったようだが、終わってから疲労が一気に押し寄せてきたらしい。
片付けをする葵と朝陽は、どことなく気怠そうだった。
とはいえだらだらと片付けをする事なく、あっという間に支度を終えて玄関に向かう。
くるりと振り返った朝陽が、深く頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました! その、やり過ぎたのは間違いないんですけど、ホントに、ホントに楽しかったです!」
「俺も楽しかったよ。また晶と一緒に遊びに来てくれ。泊まりも大歓迎だ。な、朝比奈?」
今回空は葵と朝陽がはしゃいでいるのを見ているのが殆どだった。
しかしそれが嫌だった訳ではないし、晶と喋りながら美少女二人の絡みを見られるのは幸福だったと断言出来る。
朝陽が葵で遊んでいた事も、空としては良い思い出だ。あくまで葵が楽しんでいたからではあるが。
その証明の為に葵へ質問すれば、一つの曇りのない笑顔を彼女が浮かべた。
「はい! 何回でも泊まりに来て良いからね、朝陽!」
「ありがとう、葵ちゃん!」
「それじゃあまだまだ夜はこれからだし、楽しもうね!」
「うん! お邪魔しました!」
「しましたー!」
あっという間に女性二人が居なくなり、空の家が静寂に包まれた。
空の家に残った晶と、顔を見合わせて頬を引き攣らせる。
「……あんなに遊んでたのに、まだ起きるらしいぞ」
「凄いよねぇ……。まあ、泊まりだからテンションが上がってるんでしょ。それに、女子だけで話したい事とかあるんじゃない?」
「女子トークってやつか?」
「そうそう。因みに僕はギブアップだよ。流石に眠い」
「俺もだ。ふわぁ……」
二人して欠伸を零しつつ、歯磨き等の寝る準備を終わらせた。
寝床は晶がソファでいいとの事だったので、ブランケットを渡して空は自室に向かおうとする。
そんな空の背に「空」という気まずいような、意を決したような声が掛かった。
すぐに振り向けば、晶が柔らかい微笑を浮かべながら空を見つめている。
「どうした?」
「今日はホントにありがとう。朝陽が僕以外の人と一緒に遊んで、あんなにはしゃいでるのを初めて見られた」
「……お礼なんていいさ。こっちこそありがとな。正直、すげー助かった」
いくら嫌がらせに対して動じないようにしているとはいえ、何も感じない訳がない。
だからこそ、対策を一緒に考えてくれるだけでも嬉しかったのだ。
その後、嫌がらせを忘れられるくらいにはしゃいだ事で、空の心は随分と温かくなっている。
お礼にお礼を返すと、晶が眩しいものを見るように目を細めた。
「ここでお礼を言える空は、ホントに空だねぇ……」
「それ、褒めてるのか?」
「褒めてるよ。僕にとっては最大の誉め言葉だ」
「そうかよ。まあ、ありがとな」
晶は僅かに視線を逸らしているので、気恥ずかしいのかもしれない。
珍しいものが見れたと思いつつ、リビングから退散しようとする。
すると「待って」という声で再び呼び止められた。
「多分、空は勘付いてると思うけど、朝陽は昔から嫌な目に遭ってきたんだ」
「…………だろうな。俺に話して良かったのか?」
昔は体が弱かったとの事だし、あの見た目だ。身体的な事だけでも苦労があったのは想像に難くない。
そして晶以外の男に全く興味を持たず、葵以外の女友達など必要ないと朝陽は言ったのだ。
傍に晶が居たとはいえ、相当な苦労があったのだろう。
背中越しに聞こえた声に悔しさが滲んでいた事からして、幼馴染として晶は相当気に病んでいるに違いない。
念の為に確認を取れば、小さな含み笑いが耳に届いた。
「朝陽から許可はもらってるから大丈夫。それで、まあ、僕もこんな見た目だからさ。色々あったんだよ」
「そりゃあ晶がそんな性格になる訳だ」
「だよねぇ。なーにが女っぽいだよ。ふざけんな」
先程とは違い、空と晶の間ならではの口の悪いやりとりに、少しだけ空気が軽くなる。
後ろから笑い声が聞こえてきたので、晶も意地の悪い笑みを浮かべているのだろう。
そのまま愚痴が続くかと思ったが、晶は言葉を切って「だから、さ」と静かに告げた。
「僕も朝陽も、嫌がらせをされる苦しさを知ってる。多分、朝比奈さんもね」
「朝比奈も、苦労してそうだもんな」
明確な言葉にされた事はなかったはずだが、おそらく葵も嫌がらせをされていたはずだ。
同じ痛みを抱えた四人が集まったのだと実感し、嬉しさが込み上げる。
「そうだね。そんな僕達だからこそ、空を見捨てない。絶対に、味方だ」
これまでも、晶はずっと空の味方だった。勿論、葵や朝陽も。
けれど改めて決意を言葉にされ、少しも迷いのない声色に目の奥がジンと痺れる。
震えそうになる声を必死に取り繕って言葉を紡ぐ。
「さんきゅ。誰かが味方してくれるって、独りじゃないって、こんなに良いものなんだな」
「ああ。だから、僕達を頼りなよ。一番は朝比奈さんだと思うけど」
「……後輩に全力で頼る先輩ってどうなんだよ」
これからは嫌がらせをされたとしても、葵に隠しはしない。
それでも、先輩として情けない気持ちは僅かに持っているのだ。
渋面を作って突っ込めば、けらけらと軽い笑い声が聞こえてくる。
「それでいいんだよ。僕も空も一人で何とかしようとする所が似てるし、頼らないと怒られるよ? 僕が朝陽に『もっと頼ってよ!』って言われるみたいに」
「言われてるんだな」
「そうなんだよ。それで、空はさっき朝比奈さんの頭撫でてたけど、偶には頭を撫でられるくらいでちょうどいいんじゃない?」
「ちゃっかり見てたのかよ!?」
「むしろ見ないと思うの? バレバレだったんだけど。まあ、流石に朝陽への説教が優先だったけどね」
朝陽への説教中ならバレ辛いかもしれないと思っていたし、晶なら揶揄わないと思っていた。
しかし予想外の態度を取られ、羞恥が頬に上ってくる。
晶に背を向けてはいるものの、これ以上話すと頬の熱すら悟られそうで、自室に入って扉に手を掛ける。
「寝る! おやすみ!」
「おやすみ、空」
最後に聞こえた挨拶は、先程までの揶揄いが嘘のように優しい声だった。




