第41話 楽しい(?)レースゲーム
「お邪魔しまーす!」
「しまーす!」
空と晶が風呂を終えて暫くして、葵と朝陽が戻ってきた。
玄関を開けた空と共に三人でリビングに戻れば、晶ががっかりしたような、納得したような表情を浮かべる。
「……まあ、そりゃあそうだよね」
「よくよく考えたら当たり前だよな」
いくら友人とはいえ、男の家にパジャマ姿で来る訳がない。
例え遊ぶ人の中に彼氏が居たとしても、普段から男の家で遊んでいても。
別れた時と全く同じ服装をしている葵と朝陽の姿に、晶と頷き合う。
「ま、朝陽のパジャマ姿を空に見られないから、これはこれで良しかな」
「余計な争いが起きなくて良かったよ」
風呂に入る前の空と晶の会話は全くの無駄になってしまったが、晶との関係に罅を入れる可能性が無くなったのだ。
勿論、朝陽に見惚れるつもりはないものの、安堵の溜息を零す。
男子二人が会話しているうちに、女子二人がゲームの準備をしていた。
「はい葵ちゃん、コントローラー」
「ありがと、朝陽。ここに繋いで、これで四人分と。三人分も持って来てくれてありがとね」
「持ってきたのは晶くんだから、晶くんに言ってあげてね」
「ありがとうございます、立花先輩!」
「どういたしまして。にしても朝比奈さんは馴染んでるねぇ……」
勝手知ったる我が家のように、空のゲーム機を弄る葵。
最早いつも通りの光景なので、空から言う事は特に無い。
「いつもの事なので! よし、準備完了です! 何のゲームをするんですか?」
「パーティーゲームとくれば、やっぱりこれでしょ」
晶が持ち上げたのは、ゲームを持っていない空でも分かる程に有名なレースゲームだ。
定番中の定番だからこそ、皆で楽しめるだろう。
晶と朝陽はかなりやり込んでいるようで、二人に軽く操作説明をしてもらい、いよいよ本番だ。
しかしいざ開始されるという所で、晶が朝陽へとしかめっ面を向けた。
「朝陽、やりすぎには注意だよ」
「むぅ、分かった」
どこか不満そうにしつつも、素直に頷いた朝陽。
余程自信があるのだろうが、手抜きをすると宣言されては黙っていられない。
ちらりと隣を見れば、葵も瞳に闘志を漲らせていた。
「晶、和泉、手加減無用で頼む」
「そうそう。手を抜かれて勝っても面白くないから」
「ホント!? やっていいの!?」
やはり手抜きは嫌だったのか、朝陽の瞳が輝く。
反対に、晶が大きな溜息をついて額を抑えた。
「……どうなっても知らないよ?」
「晶がそこまで言う程の腕なんだな」
「いやまあ、朝陽は上手いよ。上手いんだけど、ちょっと問題アリなんだよ」
「は、はぁ……。じゃあ、取り敢えず一回やってみるか」
彼氏が渋面を作って「問題アリ」という程のものが朝陽にあるらしい。
僅かに恐怖心を抱いたが、それよりも興味が勝った。
気を取り直してコントローラーを握り、レースが開始される。
しかし、スタートの合図が掛かったのに朝陽は止まったままだ。
「朝陽。手抜きはしないでって言わなかった?」
「うん、分かってる。これは手抜きじゃなくて、下準備だから」
「下準備? それならいいけど、後で言い訳しないでね?」
「しないよ。だって今回は一位を取らないつもりだし」
「それは手抜きって言うんじゃ……」
朝陽の訳の分からない発言に、葵がむっと唇を尖らせる。
何となく嫌な予感がした空は、急いで順位を上げた。
そしてスタートの合図から約二十秒後。朝陽が走り出す。
「はい雷。もう一回あげるね」
「え、ちょ!?」
「あちゃー、これが出ちゃったか。…………まあ葵ちゃんに近くなったから、これで一緒に遊べるね」
アイテムを使い、あっという間に順位を上げる朝陽。
ぼそりと呟いた言葉があまりに物騒で、標的にされなくて良かったと胸を撫で下ろす。
「ほらほら葵ちゃん、私はすぐ後ろだよー」
「分かってるから、甲羅を投げないで!」
「えー? レースなんだから、妨害するに決まってるよねぇ?」
「なら妨害した後は私を抜けばいいでしょー!?」
「冷たい事言わないでよー。一緒に走ろう?」
「言葉と行動が一致してない! わざわざ止まってまで私に甲羅を当てないで!」
朝陽に足止めされ続け、全くレースに復帰できない葵。
コースアウトしたならばバックしてまで葵の後ろに着くという念の入れ方だ。
あまりにも無情な行いに、空の頬が引き攣る。
「うわぁ……。あれヤバいな」
「素直に性格が悪いって言って良いよ。あれのせいで、朝陽の家族は一緒にこのゲームしなくなったんだから」
「もしかしてゲームになると人格が変わるタイプか?」
「変わるっていうか、表に出て来るというか……。仲の良い人の困った顔が見たいんだって」
遠くを見るような目をしつつ、晶が溜息をついた。
普段から朝陽は晶を振り回しているが、好きな人ほど困らせたいのだろう。
ゲームの時は遠慮なく困らせられるので、全力が出てしまうらしい。
「『誰も遊んでくれない』って朝陽に泣きつかれて、僕がどれだけ必死に努力したか……。普通だったら心が折れるよ」
「違いない」
初心者にトラウマを刻み込む朝陽に戦慄しつつ、空と晶はレースを進める。
時折流れ弾で全員に妨害が飛んで来るが、葵が受けている被害に比べたら些細なものだ。
流石に晶には勝てなかったもののゴールし、葵と朝陽の様子を見守る。
朝陽が必ず妨害出来る訳ではないので、かなり遅れて葵がゴールした。
「な、何とかゴール出来た……」
「いやー大満足!」
「大満足じゃないって。大人げなさ過ぎ」
「ふぎゃ!」
流石に咎めるべきだと、晶が朝陽の頭を叩いた。
そのまま軽い説教に入ったので、空はたった一回のレースで精魂尽き果てたかのように溜息をつく葵へと声を掛ける。
「お疲れ様、朝比奈。何というか、凄まじかったな」
「ホントですよ。酷い目に遭いました……」
いつもなら澄んでいる蒼の目に光が灯っていないので、一回で相当疲弊したのだろう。
手加減するなと言ったのは空と葵だが、流石にこのまま続けさせるのは酷だ。
「晶が和泉に注意してるから大丈夫だと思うけど、もう辞めとくか?」
普通ならば辞めるだろう。空が葵の立場だったら間違いなく辞める。
けれど葵は勢い良く首を振り、ぱしんと頬を叩いた。
「止めません。ここで辞めたら、負けになるじゃないですか」
「いや、でも朝比奈が楽しめなかったら意味が無いだろ」
「確かにさっきはそうでした。でも、朝陽の妨害を乗り越えてゴールすれば、きっと楽しいと思います!」
ぐっと握り拳を作る葵は全身からやる気を漲らせている。
まさかここで折れず朝陽に立ち向かうとは思わなかった。
取り敢えずの説教を終えた晶が、驚きに目を見開く。
「え、まさか続けるの? 辞めた方が良いと思うけど……」
「続けるに決まってます! 朝陽、全力で掛かってきて!」
説教されたからか沈んだ表情をしていた朝陽が、葵の言葉に楽し気な笑みを浮かべた。
「いいの!?」
「いいの! でも、私も全力で行くからね! それと、口が悪くなったらごめん!」
「全然良いよ! ありがとう、葵ちゃん!」
どうやら、葵は本気で朝陽の妨害を乗り越えてレースを行うらしい。
口が悪くなるという忠告をしたので、相当気合を入れているのだろう。
本当に良いのかと晶に視線を送れば、諦観に満ちた表情で頷かれた。
「……僕たちはとばっちりを受けないようにしようか」
「だな……」
巻き込まれたら堪らないと、男二人で無難なレースをしようと誓うのだった。




