第35話 隠し事
「つまり、毎日深夜近くまでずっと一緒に居ると」
興味津々な晶と朝陽に詰め寄られ、晩飯の摂り方から普段の空と葵の過ごし方までほぼ全て話してしまった。
全部暴露してしまったという羞恥を押し込め、僅かに唇を尖らせる。
「まあ、そういう事だ。絶対誰にも言うなよ」
「そんなの当たり前じゃないか。というか、僕に言いふらしたい人なんて居ないよ」
「私も言いふらしたりなんかしません! 晶くんと同じで、私も友達は皇先輩と葵ちゃんしか居ませんし」
「良かった。ありがとう、二人共」
あまり心配はしていなかったが、二人の反応は空の予想通りだった。
取り敢えずは一安心だとホッと胸を撫で下ろす。
「お礼はいいよ。というか、ここで言いふらしたりしたら空がもっと――」
「晶」
「……ごめん」
空が嫌がらせを受けた事は、葵に伝えていない。
彼がつい口に出しそうになったので短く注意すれば、ばつが悪そうな顔で謝罪された。
微妙に空気が悪くなった事を察したのか、葵と朝陽が首を傾げる。
話を長引かせる訳にはいかないと晶が察してくれたようで「そうだ」とわざとらしく声を上げた。
「ちょっと提案があるんだけど、来週の土日は二人共空いてる?」
「空いてるぞ。朝比奈は?」
「特に予定はありません」
「なら、朝陽と泊まりに来ていい? 僕が空の家に、朝陽が朝比奈さんの家に泊まる感じで」
「泊まりか……」
学校だけでの付き合いだった晶と、二年生になってこんなにもプライベートで関わるとは思わなかった。
とはいえそれは朝陽を優先する為だったし、晶の提案ならば彼はずっと朝陽と一緒に行動出来る。
泊まらせる事に対して文句など最初からなかったので、大きく頷いた。
「俺はいいぞ」
「私も大丈夫です! というか友達とお泊りするなんて初めてですし、すっごく楽しそうです!」
「ありがとう、二人共。それじゃあ決まりだね」
「決まったのはいいけど、俺の家には何もないぞ?」
今日は空と葵の話で盛り上がったが、毎回話し続ける訳にもいかないだろう。
となると、泊まりに来た際にやる事がなくなってしまう。
どうするのかと晶に視線を投げれば、自信満々に胸を張られた。
「来週は僕の家からゲームを持ってくるよ。皆で楽しめるやつ」
「助かる」
朝陽と昔から一緒だったからか、どうやら晶は大人数で楽しめるゲームを持っているらしい。
これで晶と朝陽が泊まりに来た際に手持ち無沙汰になる事はないだろう。
感謝と共に笑みを晶へと向けると、彼が小さく頷いて立ち上がった。
「さてと。だいぶ話しちゃったし、そろそろお暇しようかな」
「来週いっぱい遊べるので、その時に皆で楽しみましょうね!」
「だな。よし、俺達も行くぞ、朝比奈」
「はい」
晶と朝陽が帰り支度を始めたので、葵と共に外出の用意をする。
すると晶が気まずそうな苦笑を浮かべた。
「わざわざ外まで見送りなんていいよ」
「和泉だけならまだしも、晶が居るのにそんな事するか。俺達はこれから晩飯の買い物なんだよ」
恋人のいちゃつきを邪魔するつもりなどない。ついでに外に出る用事を済ませるだけだ。
肩を竦めて告げれば、晶が面白そうなものを見たかのように頬を緩める。
「そういう事か。朝比奈さんを大事にしてるねぇ」
「晩飯を作ってくれてるんだぞ。蔑ろになんて出来ないだろ」
葵が晩飯を作ってくれるのを、当たり前だと思ってはならない。
作ってくれるのなら、必ず感謝しなければ。
さらりと考えを口にすると、朝陽がにまにまとした笑みを葵へと向ける。
「よかったねー。葵ちゃん」
「…………うん」
普段の明るい笑みとは違う、安堵と歓喜が零れ出たような、淡い笑み。
魅力的な笑みを見せられた事で、空の心臓がどくりと跳ねた。
「ほら、帰るんだろ。玄関に行ってくれ」
「はいはい。分かったよ」
「今日はありがとうございました、皇先輩!」
「おう」
四人で外に出て、マンションを降りる。
すぐに晶、朝陽と別れて、葵と二人きりになった。
先程喜んでからいつもより大人しかった葵だが、調子が戻ったようで普段通りの雰囲気になっている。
「いやー。私達の家が隣ってのにこんなメリットがあるとは思いませんでした」
「この状況もだし、お互いの友達が恋人同士なんてそうそうないからな」
家がすぐ隣にあり、門限など無く、家に入れるかどうかは空や葵次第。
その上でお互いの友人が付き合っているなど、相当低い確率だろう。
だからこそ実現したお泊りだが、空としても楽しみだ。
「ホント凄い確率ですよねぇ。あ、やっぱり定番は枕投げでしょうか」
「一緒に寝るのは別々なんだし、それは無理じゃないか?」
枕投げは寝る前に行うものだろう。その時には既に男女で別行動だ。
それに晶から一番信頼されている友人という自負はあるが、朝陽のパジャマ姿を空に見せるとは思えない。
呆れ気味に返答すると、葵の顔が悲しみで彩られた。
「そ、そんなぁ……」
「ま、朝比奈が和泉と枕投げする分にはいいんじゃないか? 俺と晶はしないだろうけど」
女二人が枕投げをする光景は想像出来るが、男二人は全く想像出来ない。
葵は想像出来たのか、くすりと小さく笑みを零した。
「そうかもしれませんけど、実際やってみたら面白いかもしれませんよ?」
「勘弁してくれ」
肩を竦め、葵から視線を外す。
彼女の歩幅に合わせてゆっくり歩いていると「そういえば」と何か思いついたような声が耳に届いた。
「立花先輩が何か言いたそうにしてましたけど、何で辞めさせたんですか?」
「……さあ、そんな事あったっけ?」
出来れば先程の晶とのやりとりを思い出して欲しくなかったが、そうはいかないらしい。
訳が分からないという風に惚ければ、葵が空との距離を詰めた。
驚きに葵へと視線を向ければ、肩に触れそうな位置から彼女がジッと空の顔を見つめている。
ふわりと香った甘い匂いが、空の心臓を虐めた。
「……」
「な、何だよ」
「あやしーな、と思いまして」
「そうか? 普通だろ」
いつもなら察して欲しくない空気を出せば引いてくれるのに、今日は何故か違っている。
ここでボロを出す訳にはいかないと気を引き締めた。
「……いや、違いますね」
「どこが?」
「具体的には言えませんが、せんぱい雰囲気がいつも隠し事をする時と違うんです」
「何だそりゃ」
「目的が違うというか、隠したい理由がいつもと違うというか、そんな感じです」
どうやら、空が隠し事をしているのは確定らしい。
よくよく考えれば、踏み込んで欲しくない雰囲気を察せる葵に隠し事をし続けるのは不可能なのかもしれない。
何もない状況からならまだしも、気付く切っ掛けを作ってしまっているのだから。
緊張にどくどくと心臓の鼓動が弾む中、しらを切って視線を正面に向ける。
暫く葵は空の顔を見続けていたが、諦めたのか視線を外してくれた。
「……無理矢理聞こうとは思いません。でも、どうしようもなくなったら話してくださいね」
「気が向いたらな」
分かった、と言えないのが心苦しくて、葵の表情を見れない空だった。




