第34話 口は禍の元
晶と朝陽が遊びに来ると言った次の日。
空と葵は、マンションの下で時間を潰していた。
「俺、晶を家に上げるのは初めてなんだよな」
「そうなんですか? ああでも、だからこうして下で待ってるんですね」
「そういう事。そもそも初めて放課後一緒に行動したのも、この前の喫茶店が初めてだし」
それでも空は友人だと思っているし、晶も同じ気持ちのはずだ。
放課後に遊ばなければ友人と呼ばない、などというルールは無いのだから。
余程意外だったのか、美しい蒼の瞳が大きく見開かれる。
「はえー。もっと遊んでると思ってました」
「残念ながらちっともだ。まあ、晶が俺と遊ばなかった理由はもう分かってるんだけどな」
「せんぱいがバイトをし始めたから?」
「不正解。というか、朝比奈が分からなくてどうする」
手で×印を作りつつ、葵にじっとりとした目を送った。
灯台下暗しと言うべきか、すぐ傍に原因があるからこそ正解に辿り着けないのかもしれない。
空の煽りに、葵がむっと唇を尖らせる。
「そこまで言われたからには正解しないといけませんね」
葵が体の前で腕を組み、思考に没頭し始めた。
考える方に集中しているからか、大きめの母性の塊が腕によって持ち上げられたのに気づいていないらしい。
流石にじろじろ見るのはマナー違反だと、彼女からそっと視線を外してぼうっとする。
とはいえそれも長くはなく「あ!」と弾んだ声が聞こえた。
「朝陽ですね!」
「確認は取ってないけど、多分な。恋人を優先してたんだろ」
晶と朝陽は幼馴染であり恋人なのだ。
誰よりも優先するのは間違っていないし、仮に空が一年生の頃に朝陽の存在を知っていたら、彼女を優先しろと晶に言っていただろう。
いつもの仲睦まじい姿を思い浮かべて頬を緩めると、葵も同じようにふにゃりと笑んだ。
「流石立花先輩ですねぇ。というか、ホントお似合いの二人です」
「結構な確率で晶が振り回されてるけどな」
「あはは……」
乾いた笑い声を発しただけで否定しないあたり、葵も分かっているらしい。
とはいえ、それがあの二人の恋人としての在り方だ。
本人達がそれでいいなら、部外者が口を出すべきではない。
それはそれとして大変だなと晶の事を考えて苦笑を零せば「こんにちはー!」と高い声が耳に届いた。
声の方に視線を向けると、テンションが上がっているのか、朝陽が晶を引っ張る形で歩いてきている。
いつも通りの光景に、葵と顔を見合わせて笑みを零した。
「いやー。昨日の今日でごめんね」
「別にいいけど、マジで何も無いからな」
「大丈夫だよ。今日はゆっくり話でも出来たらいいと思っただけだし」
「なら早速行くか」
くるりと回れ右をして、エレベーターに向かう。
慣れた浮遊感に身を包むと、すぐに空と葵の家がある階に辿り着いた。
空の家の扉の前に立てば、朝陽がきょろきょろと周囲へ視線を送る。
「葵ちゃんの家はどっち?」
「奥の方だよ。今度私の家に来る?」
「うん! 行きたいな!」
「おっけー」
女子の姦しい会話を聞きながら、鍵を扉に差し込んだ。
扉を開けて、友人達を中に招く。
「上がってくれ」
「お邪魔するね」
「「お邪魔しまーす」」
葵からすれば既に勝手知ったる家だが、もてなしは空に任せるらしい。
晶や朝陽とリビングのテーブル付近に座ったので、冷蔵庫からお茶とコップを持ってくる。
「どうぞ。四人分のコップなんて無いから、そこは何とかしてくれ」
「なら私と晶くんで一個のコップを使いますね」
「助かる」
間接キスすると朝陽は迷いなく口にしたが、照れは全く見られない。
おそらく、この程度の接触は慣れっこなのだろう。
残った一つを葵に差し出せば、悩むように眉をひそめられたが素直に受け取ってくれた。
全員が一息ついた後で、晶が口を開く。
「それで、何で僕らに近所付き合いだって嘘ついてたのさ」
「嘘じゃないだろうが。詳細を言わなかったのは、俺らにも色々あるって事でひとつ頼む」
「……まあ、確かにね」
高校生が一人暮らしをするのが普通ではないのは晶も分かっている。
だからこそ、露骨に踏み込んでは来なかった。
「にしても、まさか俺の家に来るとは思わなかったけどな。どういう風の吹き回しだよ」
「あ、それはですね。私が晶くんを怒ったんです」
「和泉が? どうして?」
いきなり話が飛んだ事に首を傾げる。
怒ったという割には相変わらず二人の仲は良いので、軽い注意程度なのだろう。
「晶くんは今まで私の事を一番に優先してくれました。それは嬉しいんですけど、こうして葵ちゃんや皇先輩と仲良くなれたんだから、二人を大事にしなさいって言ったんです」
「僕なりに空と朝比奈さんは大事にしてるっての」
「でも今更家で遊ぶような仲じゃないとか、ひねくれた事言うんでしょ? 相変わらずこういう時は素直じゃないよね」
「余計な事を言わないでくれ!」
焦った顔で朝陽を止めに掛かったので、彼女の言葉は真実のようだ。
珍しく頬を赤くする晶の姿にくすりと笑みを零す。
「まあまあ。俺は一人暮らしでそれなりに時間はあるから、気が向いたら来てくれ」
「……そうさせてもらうよ」
「ありがとうございます、皇先輩。早速ですが、物色しても?」
「構わないけど、晶はそれでいいのか?」
晶が物色するだろうと思っていたが、まさか朝陽が言い出すとは思わなかった。
もしかすると晶の部屋に結構な頻度で入っていて、男の私物に触る抵抗がないのかもしれない。
それでも驚きに目を見開きつつ晶へ視線を向ければ、彼は溜息をついて頷く。
「家主の空がいいって言うなら僕があれこれ言うべきじゃないでしょ。遠慮のない後輩が悪いね」
「後輩の面倒を見るのは先輩の役目だからな、気にすんな。あ、でも俺の部屋は流石にナシで頼む、和泉」
「分かってますよ。流石にそれはデリカシーが無さ過ぎますからね」
何だかんだで分別を付けてくれるのは有り難い。
とはいえ彼氏からすれば放っておけないようで、晶が朝陽についた。
恋人の頭を軽く叩き、「僕の部屋と同じように考えるな」と注意したので、空の予想は当たっていたらしい。
朝陽も朝陽で「誰にでもこんな事しないもん」と言っており、どうやら彼女の中で基準があるようだ。
カップルのやりとりを見つつ、空の家が随分と賑やかになったものだなと微笑を零す。
「ホントに何もないんだね。というか一人用ゲームばっかりじゃん」
「そりゃあそうだろ。俺がパーティーゲームを持ってても意味無いって」
「意味はあるでしょ。朝比奈さんと遊べるんだし」
「うーん。朝比奈とはいつも別々の事してるし、それで苦に思った事は無いんだよな」
一緒に遊ぶのも楽しいだろうが、今のままでも満足だ。
肩を竦めて苦笑を零せば隣から「あ」と驚くような声が聞こえた。
ちらりと葵に視線を送れば、羞恥と困惑が混ざったような表情をしている。
「どうした? 何かあったのか?」
「私は何もないですけど、そこまで言って良かったのかなと」
「うん?」
「えっと、あの、『いつも別々の事してる』って言いましたよね? それって普段から一緒に居るって宣言してるようなものですよ?」
「…………あ」
晶と朝陽に説明したのは、春休みの際に葵に世話を焼いた事、マンションかつ家が隣な事、そして夜遅くに遊びに来ていた事だ。
余計な発言をしたと固まっているうちに、晶と朝陽が戻ってくる。
「いやぁ、面白い事を聞いちゃったなー。昨日だけ夜遅くまで一緒に居た訳じゃないよねぇ。どういう事かな?」
「皇先輩、話してくれますよね? ね?」
にやにやと面白がっている笑みに、明らかに興味で彩られている表情。
二人の顔を見て、逃げ場が無いと悟ったのだった。




