第23話 意外と怖い人
朝のホームルームが終わり、二年生初めての授業が行われる。
とはいえ特段難しい内容はなく、順調に授業そのものは進んだ。
代わりに休み時間は盛り上がりに欠け、どこか様子を窺うような雰囲気が教室に漂っている。
勿論、新学年になってからそれぞれが新しいクラスメイトとの距離を測っているからでない。
その原因となっている晶はというと、気怠げに頬杖をついてぼんやりとしていた。
晶を見ながら、空の近くに居る一年生の頃からのクラスメイトが苦笑する。
「立花は相変わらずだよなぁ」
「だな。でも、晶が怒るのも仕方ないだろ。それに、ああいうストレートな所が良いんだ」
晶は基本的に一人を好み、空以外に自分から話し掛けようとしない。
空はというと一年生の頃に出来る限り毒にも薬にもならない位置を築いたからか、晶以外と会話する事がある。
なので今もこうして談笑に勤しみつつ、晶をフォローしていた。
勿論本音だし、例え晶が傍に居なくても彼の評価は変わらない。
それで空から離れていった人も居るが、仕方ないと割り切っている。
空は善人などではなく、全ての人と仲良くする事など不可能なのだから。
「気持ちは分かるけど言い方が、その……」
「毎回注意してるんだけどな。今回も言っておくよ」
「頼んだ。俺達も立花と仲良くしようとしたけど、皇以外全滅だったからな」
「俺から言える事は嫌ってる訳じゃない、ってだけだな」
「それは分かってるよ。……何だかんだで割と普通に受け答えしてくれるし」
彼等も一年間晶と同じ教室で過ごしたのだ。
晶が悪人でない事は分かっている。
それでも簡単に仲を深められないのが、晶という人だ。
空とて学校外で晶と行動したのは昨日が初めてだった。
気難しい猫だなと思いつつクラスメイトと会話を楽しみ、昼休みとなった。
「空。一緒にご飯食べようよ」
柔らかい笑みを浮かべながら、晶が近付いてくる。
去年も一緒に昼食を摂っていたので、断る理由はない。
しかし、素直には頷けなかった。
「和泉はいいのか? 一緒に食べる予定があるなら、俺は退散するけど」
「それなんだけどねぇ……。空も強制参加だよ」
どうやら、朝陽と昼食を摂る約束はしているらしい。
しかしぎこちない笑みと告げられた言葉に、嫌な予感がした。
沸き上がってくる感覚を気のせいだと無視しつつ、思い切り顔を顰める。
「俺に気まずい思いをしろと? そんな馬に蹴られるような立場になんてなりたくないんだが」
「大丈夫だって。男女で二人ずつなら多少は気が紛れるでしょ?」
「男女、二人、ずつ、だと?」
男性が空と晶で確定。女性のうち一人が朝陽となれば、最後の一人は決まったようなものだ。
頬をひくつかせると、晶が満面の笑顔で、けれど瞳は何かを諦めたように濁ったまま親指を立てる。
「そう! まずは今日二回目の酷い目に遭おう! 安心して! 今回は一緒だよ、多分!」
「いや待て全く安心出来ないっての!! というかもしかして――」
猛烈に嫌な予感が膨れ上がり、晶を問い詰めようとした。
しかし既に遅かったらしい。教室の扉が開き、のほほんとした声と溌剌としたが聞こえてくる。
「こんにちはー」
「こんにちは!」
教室に居る人達の視線が、一斉に声の主の方を向いた。
わざわざ確認する必要もない気がするが、それでもクラスメイト達と同じように視線を移動させる。
晶を見て幸せそうな笑顔を浮かべた朝陽と、空を見て一瞬だけしてやったりという風な笑みをした葵がそこに居た。
「晶くん、居ますか?」
「立花くーん。彼女さんが呼んでるよー!」
明らかに揶揄いの色を帯びた女子の声を受け、慌てて晶が朝陽の元へ向かう。
「今行く! ……ほら朝陽、行こう」
「待って晶くん。昨日言ってたように、皆さんに挨拶したい」
「必要ないから」
「えー。昨日はいいって言ってくれたじゃん。何でそんな事言うの?」
「強引に納得させたのは何処の誰なのさ!!」
「はーい、私でーす!」
全く悪びれず笑顔で返事をした朝陽に、一瞬で疲労が溜まったかのように項垂れる晶。
長年の付き合いを感じるだけでなく、誰も入り込めない雰囲気を一瞬で作り出した二人に、教室が静まり返った。
晶はというと説得を諦めたようで、今すぐにでも逃げられるように教室の扉に手を掛けている。
「多分すっごい迷惑を掛けると思いますが、晶くんの事、よろしくお願いします。それと――」
朝陽が言葉を切り、息を吸い込んだ。
先程までの人形のような微笑が一瞬で消え、能面のような無表情になる。
「晶くんの性格上、皇先輩以外の人には冷たいでしょうし、浮くのは仕方ありません。でも、晶くんを酷い目に遭わせたら覚悟してくださいね?」
おそらく、朝陽の本音はこちらなのだろう。
晶の性格を知っているからこそ、孤立させるのは構わない。
しかし、何かがあった場合は先輩であろうとも容赦はしない。
絶対の覚悟を持って告げられた言葉に、全く表情を動かさず首を傾げた朝陽の姿に、教室が凍り付いた。
言いたい事を言ったと判断したようで、晶が朝陽の腕を掴む。
「はい終了! 終わり! 行こう!」
「よろしくお願いしますねぇ~!」
晶が朝陽を強引に引っ張っていき、教室から居なくなる。
教室を出る前に再び微笑を浮かべて念を押す姿が、余計に朝陽の怖さを際立たせていた。
呆気に取られるクラスメイトをよそに、葵が近付いてくる。
「という訳でせんぱいもです。行きますよ」
「な、何で俺も行くことになってるんだよ」
「私一人で気まずい思いをしろと? そんな馬に蹴られるような立場になるなら、せんぱいも道連れです」
どこかで聞いたような台詞を口にしつつ、葵がにんまりと微笑んだ。
頬を引き攣らせていると、彼女が不貞腐れたように唇を尖らせる。
「朝陽が立花先輩だけじゃなくて私とも一緒にお昼ご飯を食べたいって言うんですもん。朝陽の頑固さ、知ってるでしょう?」
「……知ってる」
昨日の様子からして、朝陽は一度やると決めた事は絶対にやり遂げる。
その頑固さに負けて、葵は昨日友人となった空を巻き込んだ。
(っていうのが俺と一緒に昼飯を摂る建前だろうなぁ……。いやまあ、助かるけど)
葵の考えた建前であれば、空が一緒に居ても変ではない。
助かりはするが、それでも注目の的になるのは確実だ。
気乗りしないので動かないでいると、葵が空の制服の袖を摘まんだ。
普通の友人ならばしない行動に、女子が黄色い声を上げる。
「じゃあ行きますよ! ほら!」
「わ、分かったから! 分かったから離せ!」
「だめです! 逃げないようにこうしてますからね!」
昼休みを終えたら、空はまたクラスメイトに取り囲まれるかもしれない。
そんな予感を抱きつつ、葵に連れられるようにして教室を後にしたのだった。




