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第21話 行きつく先は

「「ごちそうさまでした」」


 食材に感謝し、食器を片付けるべく席を立つ。

 すると葵も立ち上がり「私がします」と声を発した。

 彼女なりの優しさだろうが、甘えっぱなしではいられない。


「片付けくらい協力させてくれ」

「私一人で出来ますから。お疲れのせんぱいは休んでいてください」

「疲れたのは俺の事情だ。今ですら付き合わせてるし、これくらいはしないと申し訳が立たないって」


 本来であれば、葵は空の帰りを待つ必要も空の晩飯を作る必要もないのだ。

 彼女は気にするなと言うが、片付けは絶対にさせてもらう。

 空の予想通り、葵が勢い良く首を振った。


「せんぱいの帰りを待つと決めたのは私です。なので、申し訳ないと思う必要はありません」

「ある」

「ないです」

「ある!」

「ないです!」


 どちらも意見を曲げず、睨み合う形になってしまった。

 決して相手が憎いからではないが、だからこそ話し合いで解決しない気がする。

 こうなったら行動あるのみだと、テーブルの上の食器を片付け始めた。


「あ、ちょっと!」

「残念だったな。皿はいただいた」

「まだです! まだ全部がせんぱいの物になってません!」


 まるで競争しているかのように、二人で食器を集めていく。

 葵はなるべく空に奪われないようにしているが、少しでも集まった時点で空の勝ちだ。

 とはいえぼうっと見ているのもしゃくなので、全力で食器を纏める。

 結果として空が六割程度集め、葵が悔しそうに歯嚙みした。


「強引なのは狡いです」

「何の事やら。俺は片付けをしただけだぞ」

「……そんなに女子のキッチンを使いたかったんですか?」

「い゛!?」


 同じマンションだからこそ、キッチンの構造は空の家も葵の家も変わらない。

 それに食事の片付けにやましい気持ちなど乗せられるはずがないのだ。

 しかし彼女の思わせぶりな発言に、吹き出しそうになってしまった。


「変な事言うな。俺が変態みたいだろ」

「だって、せんぱいがゆっくりしてくれないから……」

「俺がやりたいからやるんだって。ほら、一緒に食器を片付けるぞ」


 葵も食器を持っている以上、空だけが片付けをする訳にはいかない。

 出来る事なら空一人でやりたかったが、叶わない願いに執着する事なく提案した。

 葵も説得を諦めたようで、溜息をつきつつ苦笑を浮かべる。


「分かりましたよ。……ホントに強引で、でも優しい人です」


 歓喜が溢れ出したかのような呟きには反応せず、食器をシンクに運び終える。

 次は洗うのだが、空の家では洗った後に食器乾燥機へ叩き込むだけだった。

 しかし、葵の家には食器乾燥機がない。

 そういう家もあるはずなので何も思わず、今まで通り空が洗おうとする。

 すると、隣から待ったが掛かった。


「流石に洗うのは私がやります。せんぱいは水を拭き取ってからしまってください」

「しまう場所が分からないんだが」

「そこの棚に適当にお願いします」

「……すげー投げやりだな」


 食器を置くのであれば、自分なりの置き方があるのが普通だろう。

 にも関わらず、裁量を空に丸投げしてしまった。

 思わず肩を竦めれば、信頼の色が宿った瞳が空を見つめる。


「それだけ信用してるって事ですよ。せんぱいなら乱雑な置き方はしないでしょうし」

「そこまで言われたら手を抜く訳にはいかないな」


 ある意味挑戦的な言葉に、空の顔が綻ぶ。

 もう空が洗うという選択肢は無くなった。

 気合を入れて葵が洗った食器を綺麗に拭き取り、棚へと収納していく。

 あっという間に洗い終え、葵がシンクを掃除している間に空がテーブルを拭き終えた。


「うし。終わりだな」

「結局せんぱいに手伝ってもらいましたね。ありがとうございました」

「気にすんな。それじゃあ俺は帰るよ」


 葵の家には、晩飯を摂りに来ただけだ。

 これ以上だらだらとくつろいでいては、彼女に迷惑だろう。

 そう思って提案したのだが、整った顔が寂し気に曇った。


「……もう、ですか?」

「いや、その、俺がここに居たら駄目だろ」

「別に、せんぱいが居ても構いませんよ。そうじゃなかったら家に上げてないです」

「それは嬉しいけど、やる事がないというか……」


 まさか引き留められるとは思わず、強引に留まれない理由を探し出した。

 とはいえ葵の家には娯楽らしい娯楽がなく、今日は課題もないのでやる事がないのは本当だ。

 葵も自覚しているようで「うっ」と喉に詰まったような声を漏らした。


「な、なら、私がせんぱいの家に行きます」

「それって朝比奈の家で飯を食べた意味が無くないか?」

「何を言ってるんですか。私の家でご飯を食べたのは、せんぱいが帰ってくる時間に合わせる為でしょう?」

「そりゃあまあ、そうだけど」

「ならいいですよね。行きましょう」


 葵があっという間に貴重品を手に持ち、玄関へと向かう。

 どうやら、これから空の家で過ごす事が決定したらしい。

 家がすぐ隣だから大した手間ではないが、明らかに普通ではない。

 既にこの状況が普通ではないので、今更ではあるが。


「反論は――無理だろうなぁ」


 こうなった場合の葵は止められないと、説得を諦めて玄関に向かった。

 外に出て葵が扉に鍵を掛けている間に、空は自分の家の鍵を開けておく。

 彼女を招き入れると、嬉しそうに頬を緩められた。


「お邪魔します!」

「い、いらっしゃい」


 ほんの一時間程度で立場が逆転するとは誰も思わないだろう。

 空が戸惑っているのとは反対に、葵は上機嫌でリビングへと向かう。

 そして、勝手知ったる我が家のようにテレビの下のゲーム機に電源を入れた。

 ふてぶてしさすら感じる態度だが、美少女だからか悪感情は湧かない。

 とはいえ、呆れてはいるのだが。


「わー。すっげぇ馴染んでる……」

「春休みのうちの数日はこうしてゲームしてましたからね。駄目でしたか?」

「いやまあ、別にいいけどさ。朝比奈の好きなようにしてくれ」

「ありがとうございます!」


 満面の笑みに溜息を落とし、風呂の準備をしに行く空だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] だいぶ2人でいることが当たり前になってきましたねぇ。てぇてぇ [一言] やりとりがすでにカップルのそれなんよねこの2人。無意識っぽいのがまた。 そのうち住み着きそうですな! それが狙いか葵…
[良い点] 私がします。わざわざ食材を買って来てくれて、わざわざ時間を合わせてくれて、わざわざ晩御飯を作ってくれて、それで後片付けも頼むとはさすがに言えないな。そこまで甘えてしまったらお礼に生活費を渡…
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