表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

上に下に その1

 山に食いこんだような深い入江が連なっている。流石に旅慣れた彼女も、こうも起伏が続く地形だと堪えるようだ。息を荒くしながら急な坂を登っている。登っては周囲を見て地形を把握し、なるべく行きやすいルートを絞って降りていく。

 数年前に村を飛び出して旅に出た。その村では自分と同じように動物との意思疎通をできる人が多かった。まるで伝統芸能のように代々必ず受け継がれていたし、自分も親からやり方を教えられた。飼っている羊の群れを、頭の中で念じるだけで寝床に帰らせるみたいな、地味で格好悪い力の使い方にうんざりだった。

 最初はそんな、古い風習にまみれたド田舎が嫌で、色んなところを見て回りたかった。そのまま帰らずにどこかで暮らす場所を見つけようなんて思っていた。もっとこの能力を活かせる場所があるはずと信じていた。でも、一、二年も旅をするうちに故郷が恋しくなった。帰ろうかとも思ったけれど、

「どうせすぐ帰ってくるんでしょ、そんなことよりいい加減家業継ぎな。」

なんて親にバカにされて、ただ帰るわけにはいかない気がした。そんな折に見つけたのが調査作戦の宣伝ビラ。これしかないと思った。ビッグになって、褒賞を貰って、富と名声と共に凱旋してやろうなんてつもりだった。そうすれば親も、村のみんなも、旅人としての自分を認めてくれる。

 迷ったらとりあえず北に進む癖があった。何故かは自分でもよく分からない。とにかく、「北」に憧れ、惹かれる感覚があった。調査作戦に参加したのも、北だったからなのかもしれない。


 たわいも無い事を考えながら、頂に近づいて緩やかになってきた坂を歩いていると、遠くに動く影が目に付いた。岸壁の側面に居るので、最初は鳥か何かかと思った。しかしそれは、足裏が張り付いているかのように真横になって崖を歩いて登っている。人のようだった。目が合ったような気がしたが、遠いのでハッキリとは分からない。

「何してるんだろ?重力魔法かな?」

「アーゥ」

「ね、凄いよね。動くものに使うのは難しいのにね。」

 重力魔法はごく一般的な技術である。物の重さを軽減するために使われることが多い。彼女のバックパックにも、内容物の重さを軽減するように利用されている。一般的に魔法が付与された道具は魔法具と呼ばれ、日用品はちょっとした高級品という感じで市場に出回っている。

 しかしながら、生物に対して使うとなると訳が違う。魔法を適用する範囲が常時変動するため、精密な操作が必要になりかなりの練度を要する。

 気が付けば人影は見えなくなっていた。 アーサーはもう興味を失って小石を突っついて遊んでいた。


 崖の上にたどり着き、石に腰掛けて休憩をする。空には雲がかかってきたが、崖の下には鈍色の海が広がっていて見晴らしがいい。アーサーはそのへんをちょこちょこ歩き回り、虫を食べようと草の中を探している。手帳に辺りの地形をメモし、次はどう移動しようか計画する。地形の記述も成果になると思い、なるべく詳細に丁寧に書くようにする。


 ガクンッ


 突然全身が鉛になったかのように重くなる。為す術なく地面に伏せる形になる。

「たしかさっき目ェ合ったよね?じゃあ何されたか分かるよねェ〜」

 背後から、崖の少し下から男の声と、コツコツと軽い足音がする。辛うじて体を動かし、視界に入れようとする。文字通り重い体に鞭を打ち、地面を這いずる形でなんとか仰向けになると、待ってましたと言わんばかりに同時に腹を踏まれた。

「ガ……ッ!?な、何……なんでこんな、こと……」

「ん?あ〜、参加者見かけたら殺すようにしてるんだよねェ〜」

 衝撃から混乱していた視界がようやくまともに働いてきた。腹を踏んでいるのは小柄で細身、黒く長い髪と髭に、ジャケットに黒いネクタイをした男だった。薄ら笑いを浮かべていて気味の悪い感じがした。

「だって褒賞金って山分けでしょ〜?ならライバルは減らしておかないと〜」

「ひっ……そ、そんな……あぐっ……」

 足をグリグリとされ、喋ることさえままならない。苦しさと痛みで呼吸が荒れ、恐怖から声が漏れる。

 このままでは本当に殺されてしまう。本能が死を感じている。鳥肌が立つ。しかし、窮地にあっても考えることを止めてはいけないと、これまでの旅で学んでいた。頭の中に渦巻く死を可能な限り押し退け、打開策を思案しなくては。

「君みたいなパンピーは潰しやすくて助かるねェ〜、ちょ〜っと遊んでから殺すかなァ〜」

 男は腰からナイフを取り出し、彼女の胸元に近づけていく。


「ガァァッ!」

 アーサーが男の手からナイフを奪った。気取られることなく忍び寄り、一気に掠め取るように。上手くいった、そう思った。これでなんとかなる、このままアーサーに攻撃してもらおう。できれば殺したくないが、相手を傷つけずに勝てるわけがない。この意図はアーサーにも伝わっているはず。後のことは後で、とにかく今はこの状況を脱出しなくてはならない。体の自由を取り戻すことが最優先。

 しかし。

「このカラス、テメーのかよ。クソガキが、ナメたマネしやがって。」

 男は態度をガラッと変え、ドスの効いた声で低く呟く。踵で何度も抉るように蹴られる。その度に思考が真っ白になり、これからどう攻めるか考える隙がない。

「でももうこの鳥カスにも何も出来ねぇなァ〜!」

 男は彼女に拳銃を向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ