旅立ち
「数年前、ここより遥か北の海上に広大な島が発見された。レヴル島と名付けられたそこは、樹木はほとんどなく、短い草が生い茂るのみで、冬は氷雪に閉ざされる荒涼たる地であった。厳しい氷雪の環境や野生生物の妨害により調査は難航し、辛うじて4つの拠点が置かれ、海岸線の地図が作成されるのみに終わった。」
壇上で、控えめに冠を戴いた男性が、拡声器を用いて演説をしている。
初夏のよく晴れた朝の空が冷たい色をした海を照らしている。目前の港には何隻もの蒸気船が係留されている。
「そこで私は考えた。かの地を踏破し、我が国の進出の礎を築く猛者を募ろうと!」
男は手を広げ、身振りを混じえ聴衆の意識を惹き付ける。
「諸君らには陸路で4つの拠点を巡り、調査とその記録をして頂きたい!勿論、成果に応じて手厚い褒賞を保証しよう!」
聴衆は2000人ほど。全員がこの調査の参加者である。探検家や学者はもちろん、国お抱えの戦士や魔法使い、旅人など、出身、身分を問わず集った挑戦者たちである。
「島では何が起きるか分からない。申し訳ないが、旅の安全は保証しかねる……だが!諸君らならば成し遂げられると信じている!諸君らの開拓の精神と失敗を恐れぬ勇気を讃えよう!諸君らの無事を祈る!本日より、レヴル島調査作戦を開始する!!」
聴衆たちの沈黙が破られた。拍手する者、歓声を上げる者、我先にと船へ向かう者。
カラスを肩に乗せた少女が地図を取り出す。
船の甲板で陽の光を浴びて、後頭部で結った金色の髪が艶々としている。
地図に記されたその島は、東西に1000km、ざっと南北に800kmほど。かなり曖昧に描かれていて、このあたりに入り江がいくつある、見た感じどのくらいの高さの山がある、河口がある程度の情報しかない。しかし、地図を失うことは、未開の地で完全に道標を失う事を意味する。遭難。最悪の場合、死。
「この調査は個人で行われます。皆様には登録番号順に、拠点から10分ごとに1人ずつ出発して頂きます。この船の皆様は西拠点からの出発となります。」
調査作戦の実施方法、そしてルールが放送されている。すでに再三説明された内容のため、聞くものはほとんどいない。
「皆様には4つの拠点には必ず立ち寄っていただきますが、それ以外はルート取りに制限はございません。各自の判断に……」
「……拠点では途中離脱して頂くことも可能です。その場合、定期連絡船を待っての帰還となります。なお、拠点を全て回らずに離脱した場合は棄権とみなし、褒賞は支払われませんのでご注意ください。」
「えっと……拠点は東西南北に1つずつ、内陸をまっすぐ行くのが近いけれど迷いそうね……」
「カァーァ」
「そうだね、海岸沿いに行くのが良さそう。時計回りに回ろうかな。」
まるでカラスと会話をするかのように旅の計画を立てている。
彼女の名はクラーカ。主従関係を築いた動物との意思疎通をする能力を持つ、鳥使いである。
数日前まで初夏の陽気に慣れていた体には、冷たい風が吹き付ける。
彼女とカラスの目は輝いていた。遠くに見えてきたレヴル島を見据え、これから始まる旅と褒賞への期待が、ふたりをこの上なく満ち足りた気分にした。
船が停止し、順番に出口へと案内された。船室から出た途端、陸地から吹き付ける風が掠める。温度計は9℃を指している。
「うわ〜……夏なのにホントに涼しい」
「クアーゥ」
「ふふ、くすぐったいよ、やめてアーサー。」
アーサーと呼ばれたカラスは、暖をとろうとしているのか、クラーカのマフラーに顔を突っ込もうとしている。それもそのはず、アーサーは彼女と違って防寒具など身につけていないのである。慣れるまでは仕方がない。
降り立ったのは砂浜。見たこともないような黒っぽい砂で出来ており、見渡すと同じように暗い色の岩礁がある。地面にはビッシリと草や苔が生い茂り、くすんだ緑と黄色の景色を作っている。
草屋根で出来た建物が見える。決して立派ではないが、ランドマークにするためか飾りと旗で見た目の高さを確保され、目立つ色で塗られている。恐らくあれが拠点であろう。もちろん出発までの間は野宿である。といっても、拠点も仲間も近いため、何かあっても処置は受けられるだろうが。
「60番の方、出発になりまーす」
白夜と呼ばれる現象は、高緯度特有のものである。夜になっても明るいままであるため、昼夜問わず出発者のアナウンスがされる。体力の事を考えるとよく寝ておきたいため、ちょっと困る。
順番がまだであるため、可能な限り辺りを見渡してみた。野生動物も陸にはほとんどおらず、食糧は持ち込み分と海洋生物で済ませることになるだろう。海沿いのルートを選んで正解だった。持ち込み分だけで大丈夫だろうと踏んだものは最短距離で突っ切るらしいが、彼女にそんな肝っ玉はない。それに、なるべく長く旅した方が多くの発見があり、その分成果として褒賞が上乗せされるとも踏んでいた。
「249番の方、出発になりまーす」
すでにテントをたたみ終えていた彼女は、やっと来たと言わんばかりに張り切って立ち上がる。
まずは北拠点。のんびり楽しんでいこうと、彼女の気楽な旅が始まるのであった……