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5-41. 見る夢は思ったより空虚で

約2,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 ムツキはウロの中へと入った後、世界樹の中、不思議な空間の中で、さらに樹液の中に入れられてしまい、取り込まれた状態でそこにいた。


 彼はユグから肉体を綺麗に保存するための方法という説明を受けて、何より自分の身体が重要なのだと気付く。その後、世界樹の樹液は彼に息苦しさを与えることもなく、むしろ温かく優しく包み込み、彼を永遠に閉じ込める準備を終えた。


 彼の身体がまるで十字架に磔にされた聖人のような体勢で固まっている様子に、彼自身はどうしても少し笑みを浮かべてしまう。


「もう少し……もう少し……」


 ユグはムツキを愛しすぎる恋人のように見つめる。


 世界樹は徐々に彼の魔力を吸収し、さらに腐って機能不全に陥っていた根を切り離して再度新しい根を這わすことで、魔力循環システムとして復活しかけていた。


 彼の魂は身体に紐づいたまま、ユグが説明していたように世界の津々浦々を認識できるようになる。その一方で、意識だけ飛んでいるために幽霊のように気付いてもらえないことも、彼は即座に体験をもって理解した。


「…………」


 やがて、ムツキは夢を見る。世界を見るとき以外は眠って夢を見ることができると説明を受けたからだ。


 先ほどの世界を津々浦々見た際に、何故か女の子たちを見ることができなかったため、彼は一旦眠った。


「できる! 何でもできるぞ!」


 ムツキは夢の中で家に戻っていた。


 何故か彼以外に誰もいないが、彼はふとした瞬間に服を脱ぎ着できることも分かり、こっそりと果物に齧りついてみたら食べることもでき、頭や身体を自分で洗うこともできて、添い寝をされる必要もなく一人でぐうすかと寝ることもできた。


 自立した生活ができることに彼は喜びを覚えた。


 さらに、彼が願えば、それは突然叶うことにも気付く。たとえば、ご飯が欲しいと願えば、テーブルに温かな食事が出てきた。


「ケット? クー? アル?」


 ムツキがその名前を呼んでみても返事がない。彼がどこを見ても、どこを探してもいない。忙しく走り回っているモフモフたちもいない。


 彼は自分が誰かがいることを願えば、誰かが出てくると考えたが、そうならなかった。


 彼が綺麗な部屋を願えば、部屋が一瞬にして綺麗になる。


 彼が綺麗な服を願えば、着ている服が一瞬にして綺麗になる。


 彼が願えば、一瞬にして叶う。


 誰かがいてほしいと思うこと以外は叶った。


 誰かがいてほしいと思うことは叶わなかった。


 彼は出てくるかもしれない誰かを探すことにした。


「ユウ? いないか……さすがに勝手に中に入るのもダメか」


 ムツキはユウの部屋にノックをした後に扉へと手を掛けるが、乙女のプライバシーを考えて、とっさに手を引っ込めることになる。


「ナジュ?」


 ムツキは次にナジュミネの部屋に行き、ノックをして返事がないことを確認する。


「リゥパ? …………サラフェ? キルバギリー? …………コイハ? メイリ?」


 ムツキはリゥパの部屋、サラフェとキルバギリーの部屋、コイハとメイリの部屋、と順々にノックをして回ったが、どこからも返事が聞こえてこなかった。


「夢でも逢えないのか……」


 ムツキはこれが夢だと理解していた。世界を眺めていても見られなかった女の子たちに、せめて夢で逢えないかと思い眠りについたのだ。


 だが、彼は彼女たちに逢えなかった。自分の部屋のベッドの上で横たわる。


「みんな……」


 ムツキは思う。


 夢の中で眠って夢を見れば、彼女たちに逢えるのだろうか。


 もしそれでも逢えなくてもまた眠って、もしそれでも逢えなくてもまた眠って、もしそれでも逢えなくてもまた眠って、夢の夢の夢のまた夢の、それを繰り返せばいつか逢えるだろうか。


 他は叶ったのだ。


 ならば、いつか叶うのではないか、と。


 しかし、そのいつかは、いつなのだ、と。


「みんな……」


 幸いにして、また、不幸にして、ムツキには時間が無限のように与えられた。


 可能性に思い耽っていても、誰も、咎めない。


 空虚で満たされた永遠。


「ムツキ!」


 突如、ユウの声がした。ムツキはバッと起き上がる。


「旦那様!」

「ムッちゃん!」

「ムツキさん!」

「マスター!」

「ハビー!」

「ハビー!」

「ダーリン!」


 ムツキは女の子たちの声が聞こえてきて、周りを見回すも彼女たちの姿がない。しばらくして、頭の中に直接響いているのだと気付いた。


「みんな!」


 ムツキは感極まったのか、その場で笑ったり泣いたり驚いたりと大忙しだ。


「ムツキ! 起きなさい!」

「旦那様! 起きてくれ!」

「ムッちゃん! 起きるのよ!」

「ムツキさん! 起きてください!」

「マスター! 起きてください!」

「ハビー! 起きてくれ!」

「ハビー! 起きるのじゃ!」

「ダーリン! 起きろおっ!」


 ムツキは急いで自ら犠牲になったことを後悔した。女の子たちの声がいずれも涙声だと気付いたからだ。みんなに相談しないで勝手に決めて、みんなを泣かせてしまったと胸が押し潰されるような息苦しさを覚えた。


「みんな……ごめんな……」


「ムツキ! いつまでも寝ていないで、いい加減起きなさい!」

「旦那様! 寝たふりなら承知しないぞ!」

「ムッちゃん! 射貫くわよ!」

「ムツキさん! いつまで寝ているのですか!」

「マスター! 叩き起こしますよ!」

「ハビー! ほらモフモフがあるぞ!」

「ハビー! いいから起きるのじゃ!」

「ダーリン! 起きないとイタズラするぞ!」


「……あぁ……今起きたら、めちゃくちゃに怒られそうだな……」


 ムツキは困ったような笑みをこぼす。


「それでも、俺、やっぱりみんなと一緒にいたいな」


 ムツキは見たいものを見ることのできなかった夢から覚めることにした。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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