5-39. 決意は保身より犠牲で
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楽しんでもらえますと幸いです。
「つらいよ……苦しいよ……」
ユグが小さくか弱い声で苦しみを虚空に向かって訴えかけている。
彼女の生物としての防衛本能や生存本能が樹海全体への魔力吸収に繋がっていた。彼女は樹海に住む生物たちを死に至らしめないように、より多くの魔力を持つ者から吸い取ったり、瀕死になれば吸い取ることをやめたりしている。
しかし、ユグ自身がこれ以上に危なくなれば、そのような配慮をできる余裕などなくなってしまう。
まだ魔力が足りない。
通常、ムツキとユウの魔力があれば、十分に世界樹を立て直した上で残る魔力に余裕がある。しかし、世界樹は危機に瀕したとき、自身を枯らさないためにより多くの魔力を貯めこもうとする。
こうなってしまっては、ニドの言葉の通り、ムツキかユウかのいずれか丸々1人以上を犠牲にする必要があった。
「うっ……」
「ぐっ……」
「…………」
「…………」
ユウはまだ立ち上がる程度の余裕がある。
サラフェは立ち上がることも難しい。
キルバギリーとリゥパはうめき声をあげる元気すらなく虚ろな目をしている。
「っ……」
ムツキに考えている時間はなかった。
「ユウ……後は任せた」
「いや……嫌だよ……んっ……んくっ……」
ムツキはユウを軽く抱きしめて、彼女の頭を優しく撫でながらキスをする。その行為は、彼の魔力を彼女に少し移すという意味のほか、彼が自身の震えを消し去るために温もりが欲しくなったからだった。
「嫌……やめて……考えよう? まだ時間は……」
「ごめんな。俺がもっといろいろと考えられたらいいんだけど。止めないでくれ」
「あ……」
ムツキはユウの言葉を振り切って、服を掴む彼女の手をそっと外し、彼女から離れた後にユグの方へと向かう。
「ムツキ……」
「ユグ……どうすればいい?」
ムツキは自分が犠牲になることを恐れない、ことなどあり得なかった。だが、自分の命と天秤に掛けられたものが大切な人たちだとなれば、彼に選択肢などなかった。
彼が先ほどユウからもらった勇気はもう使いきった。今は苦しそうなユグを見て、助けてあげなければいけないという気持ちで彼女の前に現れ、片膝を着いてゆっくりと話しかけている。
「助けて……一緒になってほしい……」
「一緒に、か。その姿で言われるのはな。見た目が大人だったら即了承だったな」
ムツキの口から出たのは、彼なりのユニークな返しだった。
その後に突如として、世界樹の幹に大きなウロができあがり、ユグはムツキを抱き締めるとそのままウロの中へと引きずり込もうとしていた。
「一緒になって……一緒になって……一緒になって……」
「まったく、強引だな。まあ、かわいい女の子に連れ込まれるのは悪い気がしないけどな。でも、ちょっと怖いな」
「……一緒になって、この世界をずっと見守っていこう? 大丈夫、怖くないよ。一緒になれば、ムツキもこの世界を見渡すことができるよ。好きな人たちをずっと眺めていられるんだ。お喋りや姿を現すことができないけれど、ずっと世界樹の一部として生きていられるんだ。この世界が終わるまで」
ムツキはちらりと女の子たちを見る。
「待って、考えるから……待って、考えるから……待って、待ってよ……」
「ムツキさん……」
ユウは「待って」と「考える」を繰り返し呟いていた。
サラフェは涙が一筋零れていた。キルバギリーやリゥパも同じく、涙が彼女たちの目からこぼれ落ちそうなほどに湛えている。
「あー、ナジュやコイハ、メイリには嘘をついちゃったな……許してくれるかな……」
ムツキはユグに引きずられながら、家のある方角へと目を向けて、困ったような表情を隠さずにポロっとそのような言葉を口にする。
「ケット、クー、アルも大丈夫かな……っ!」
「さあ、一緒になろう!」
ユグの力が増し、ムツキは持ち上げられたまま、真っ暗なウロの中へと連れ去られる。
「い、嫌……嫌あああああっ!」
ユウの嘆きが響き渡る。
ユグもムツキもウロの奥へと消え去ったと同時に、ウロがまるでなかったかのように消え去ろうとしていた。
「嫌あああああっ! じゃねえ!」
「嫌あああああっ! じゃないね☆」
閉じかけたウロは人が入れるほどの隙間を残してピタリと止まる。
無数の触手と巨大ロボがウロの隙間をさらにこじ開けようとしていた。
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