5-37. 牙の行方は創世神より別のもので
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その黒く長い巨躯が現れ、その巨躯の先端にある蛇の頭は世界樹に巻き付いたままにユウたちを見下ろす。ユウは大きく口を開けて、毒蛇の王を見て思わず身構える。
「ニド!」
「おやおや、まさか、創世神に名前をまだ憶えてもらえているとは、光栄の極みですな。ですが、お得意の愛称でないところを鑑みるに、どうやら残念なことにあまり歓迎はされていないようですな」
ユウは仮に片手間であろうと各種族の基礎や始めを自らが創り、どのようなものかを知っているはずだった。それは毒蛇の王でも例外ではない。
しかし、彼女の表情はまるで初めて見るかのように、口を真一文字に閉じ、大きいはずの目を細めて見つめている。
ニドは彼女を見つめながら、チロチロと舌を出し入れする。
「これはニドがしたの?」
「これ、とやらが一体何を指すのやら。貴女ほどではなくとも、私もそこそこに長生きですから、いろいろと何か粗相をしておるかもしれませんなあ」
ユウの問いをニドはさらりとはぐらかして返す。
ニドが再度見回し、動こうとしていたサラフェを一睨みする。サラフェはそれ以上動かないものの警戒したままに、構えを解かずに機会を狙い続けた。
「とぼけないで!」
「ふはは……どうやら神の覗く目も全てを捉えていないようですな」
「答えなさい! 世界樹に何をしたの!?」
「おやおや、いきなり答え合わせとは……いささかつまらんですな」
ユウの怒りなどどこ吹く風といった様子のニドは、攻撃に転じることもなく彼女を見つめ続けている。
一方のユウは冷静さを完全に欠いており、怒りをまったく隠しもせずに露わにしていた。
「いい加減にして……さすがにお仕置きじゃ済まないよ?」
「ふはは。創世神にお仕置きなどされてしまっては私ごとき、ああ、ふふふ、元より手足がないですが、手も足も出ないという言葉がぴったりでしょうな」
ニドは嗤っている。
ユウでなくとも誰もがニドの言い回しにバカにされていると感じるだろう。故に、露骨なまでの挑発とも取れるために、彼女はこれ以上怒ることも危険だと思い始める。
「うぐぐ……もう! 完全に! 怒ったからね!」
「わざわざ怒っていることを教えていただけるとは。まるで子どもを叱る母親のようですな。さすが創世神、すべては生みの子ということですかな」
「先に言っておくけど! 悪い子にはお仕置きだから!」
「甘んじてお受けする……わけにはいきますまいなあ」
ユウは自身の怒りを言葉にして吐き出すことで冷静になろうとした。
ニドは嗤っている。
次の瞬間、立っていたはずのユウとサラフェが何かの重圧を受けたかのように、片膝をつくような体勢で姿勢を保とうとする。
「うっ……」
「おやおや……どうかなさいましたか」
「魔力が大量に抜けて……。せ、世界樹が……ついに空気中の魔力だけじゃ足りなくて、さらに吸い始めた?」
膨大な魔力を持つはずのユウは、その魔力量が原因か優先的に世界樹から魔力を吸い取られる対象になった。
魔力がどんどんと吸い取られることによって、彼女の防御力も同じようにどんどんと下がっていく。
だが、ニドはまだ動かない。
「予定通り、すべてが頃合いですな。では、お待ちかねの答え合わせといきましょうか」
ニドが頭をユウに近付けるも、魔力を失っていく彼女は魔力を使った攻撃を無意識のうちに出せなくなってしまい、結果としてニドに対して何も行動ができなくなっている。
ニドの瞳とユウの瞳が間近になる。見つめ合う瞳どうしはまるで恋人かのような距離だが、恋人とはほど遠かった。
「くっ……どうして魔力を吸われていないの? ニドだって、そこそこ」
「それは私が世界樹の根を齧り続けていたからですとも。【適応】の能力も相まってかは分かりませんが、いつの間にか、世界樹の魔力の質に似てきたのでしょうな。世界樹が自食しない生き物でよかった、よかった」
ようやく答えるニドの言葉はユウの予想を超えるものだった。
「そもそも、どうして世界樹がこんなことに」
「それは世界樹の遠くに伸びた根を機能不全にしたからですな。おかげで世界樹は近くの根から、樹海の中から、魔力を吸収しなくてはいけなくなりました。今もなお、私の触手たちが徐々にその範囲を狭めておりますとも」
つらつらと答えるニドの言葉はユウの予想を遥かに超えるものだ。
「ニド……どうして……これじゃ世界樹だけじゃなく世界が……」
「ええ、この世界など、もはやどうでもいい。さあ、もういいでしょう。答えは教えてあげました。母親ならいい子にはご褒美をあげないと」
ユウはニドの答えに驚き反応する気も失せてしまい、ニドの言葉の意味を探る。
「ご褒美?」
「そう……とびきりのご褒美……お前の【創世】の力をもらおうか!」
「させません」
「人族が私の邪魔をできるか!」
魔力を吸われ続けて疲れ果てたユウの代わりとばかりに、サラフェが渾身の一撃をニドの眉間に突き立てようとするが、その刃は虚空を突き立てるだけに留まり、ニドの尻尾の払いでサラフェは飛ばされてしまう。
「ぐうううううっ!」
「サラべえ!」
ユウがニドから目を離した瞬間、ニドの牙が数倍に伸びて、深々とその牙を喰い込ませていく。
牙の向け先はニドが巻き付いている世界樹の太い幹だった。
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