5-29. 助言は闘争より逃走で(2/2)
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楽しんでもらえますと幸いです。
タウガスとディオクミスが個々に動き、ムツキたちを囲むように周りを歩く。
触手もまた毒蛇の姿の者もいれば、別の動物や魔物の姿に変わった者もおり、暗澹たる洞窟はさしずめモンスターハウスのような様相を呈している。
「逃げろ?」
ムツキはタウガスとディオクミスの動きと裏腹の言葉に不思議そうな表情のままでひとまず身構えている。
次の瞬間。
ディオクミスの持つ鎖付き鉄球のような触手はムツキの頭を目掛けて飛んでいくが、素早いものの放射線を描いているために軌道が読みやすく、ムツキに軽く躱された。
「あれ? 【バリア】がいつの間にか消えている?」
ムツキは鎖付き鉄球をギリギリに躱した結果、張っていたはずの【バリア】が消えていることに気付き、周りを見渡す。ケットやクー、アルに施していた【バリア】もいつの間にか消えていることにも気付いた。
「呆けるな。儂らは【強制操作】によって自由に動けん。別にお前らと戦うことを望んでいないが、そのように動き回ってしまう」
「しまっ」
タウガスが言い終わると同時にムツキの懐に入り込み、右の掌底でムツキの腹を抉った。その掌底はダメージを与えるほど深くめり込めなかったが、確実にムツキの身体を捉えて放たれた。
この攻撃がムツキたちに衝撃を与える。
ムツキは【バリア】以外に、攻撃無効のスキルも持っている。もちろん、完璧なものはないため、対策の打ちようがあるものの、ただ素早いだけの掌底が入ることなど今まで一度もなかったのだ。
「ぐっ……」
「主様!」
「おっと、危ない、危ない……しかし、硬過ぎる。これでは儂の手の方がやられてしまうな」
タウガスはクーの突進に気付いてすぐさま距離を取った後、右手首を労わるように軽く揺らす。
ムツキは膨大な魔力が全身を包み込んでいるため、【バリア】や攻撃無効スキルがなくなったとしても、防御力がこの世界において最強である。
「まあ、自分の意志で偽善スケコマシをぶっ倒すならともかく、操られた上でやったんじゃ何も面白くねえ」
ディオクミスがいつの間にかムツキの背後に回っており、彼の持っていたはずの鎖付き鉄球は振り回しやすいダガーナイフへと変わっている。
振り回されたダガーナイフがムツキの上半身を切り裂こうとしていくが、ムツキの逞しい筋肉質の身体に薄皮一つ傷付けることなく、彼の着ていた肌着やワイシャツを細切れにして散らせただけだった。
さらにディオクミスが一突きを加えようとしたところで、アルが自慢のツノでダガーナイフを横に弾く。
「ああっ! 俺、自分で服が着られないんだぞ! しばらく、半裸のままじゃないか!」
「おいおい……服の心配かよ……だったら、下半身の方も切り刻んでやろうか?」
「絵面的にそれはダメだろう……そもそも全裸は嫌だ……」
「ニャんだかニャあ……」
ムツキにどのような攻撃も通らないためか、はたまた、ムツキが今一つ真剣な感じにならないためか、どうにも締まらない空気が漂ってくる。
「はっはっは。これじゃ、俺たちが逃げなくても、主様がいる限り、お前らは負けるだろ」
クーは高らかに笑い、逃げる必要などないと言外に伝える。
その一方で、タウガスやディオクミスもお返しとばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「よく分かっているじゃねえか、ワンコ。だがな、勝つか負けるかの問題じゃねえんだ。俺っちらもすぐにはやられねえんだぜ? お前ならこの状況を長々と続けていいかどうかなんてすぐに分かるだろう?」
「…………」
「儂らが自分のメンツを守るために逃げろと言ったが、それに違和感があるのなら仕方ない。儂が言い直してやろうか。あいつを追え、とな」
クーはすぐさまニドの方を見る。
ニドは暗がりにいて先ほどから動いておらず、まるで高みの見物を決め込んでいるような状況を作り出していたかのように見えていた。
しかし、実際は【創造】で生成した脱皮の抜け殻が少量の魔力を帯びて、まるでそこにニドがいるかのように固定されているだけだった。
「ちっ! ニドがいない! 脱皮した抜け殻だけ残してやがる!」
「まさか、ユウ様のところに!」
アルのユウという単語に、ムツキはいつになく鋭敏に反応する。彼はユウなら大事に至らないと思いつつも、ムツキの【バリア】をいとも容易く解除できたニドの持つ奥知れない不気味さが頭に過ぎって焦ってしまう。
ニドが昔話で語っていた「新しい世界を創る」がユウに成り代わることだとすれば、ムツキも黙ってはいられない。
「ユウが!? 【テレポーテーション】! ……できない!? くっ! 家まで走るしかないのか!」
ムツキの【テレポーテーション】が不発に終わり、彼は慌てふためく。
「【バリア】といい、スキル無効といい、ニドが何か仕掛けたな」
「ご主人、ここは任せてくれニャ! 早く行くニャ!」
ムツキが焦っている間も、タウガスやディオクミス、さらに様々な姿の触手による攻撃は続いていた。ケット、クー、アルは連携を取りながら、その攻撃をうまく捌いていく。
「でも」
「でも、じゃ、ない! 主様はユウがどうなってもいいのか!?」
クーが戸惑うムツキに突進をして、彼の戸惑いをバサッと断ち切るように言い放つ。
「……すまない。みんな、頼んだぞ!」
ムツキは洞窟を崩さない程度に足に力を込めて、その力のまま勢いよく、触手を蹴散らしていきながら出口へと向かう。
あっという間に彼の姿が見えなくなり、ケットは見送るかのように両手と2本の尻尾を一度だけ彼に向かって振った。
「さて、では、ここは抑えましょうか」
アルはにじり寄ってくる触手たちを睨み付けながら、足をトントンと動かして常にウォームアップ状態で待機している。
「お前らも逃げればいいのに」
「もしニドがお前らの位置を把握できるとしたら、逃げれば、全員の位置がバレるからな」
「……なるほどな。俺っちらは加減どころか何もしてやれねえからな?」
「上等だ。俺たちもお前たち相手じゃ手加減まではできないからな?」
「うむ。儂らはアニミダックと違ってそこまで戦闘向きじゃないが、この触手はアニミダックのもの同様にそこそこ戦える。気を付けてくれ」
「お互いに気を遣う戦いはニャんだか、戦いづらいニャ」
その言葉を皮切りにして、全てが終わるまで、ケットたちの戦いは続くのだった。
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