5-1. 始まりは忙しいよりもゆっくりで(1/3)
約2,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
この世界の中心には世界樹がある。世界樹の周りは木々が生い茂り、世界樹の樹海と呼ばれていた。
この世界には人族のほか、魔人族や妖精族、竜族、獣人族、半獣人族、魔物族、動物族ともいわれる鳥獣族、そのほか多種多様な種族が存在している。人族と魔人族は領土を巡って敵対し、妖精族は世界樹の守人として主に樹海に住み、そのほかの種族はまばらに定住していた。
これは、そのような世界において、創世神に招かれて最強の転生者として生まれつつも代償の呪いもたくさん持つ男が、モフモフとハーレムに囲まれるスローライフを送るべくがんばるお話である。
季節は寒い時期真っ盛りだ。世界樹の樹海の周りにある大草原は先日から振り続けた雪に一面を覆われているが、樹海内は世界樹の力もあっていつも温かく緑色が豊かな場所である。
その樹海の側には、屋根に雪を被ったログハウス調のとてつもなく大きな家がある。
「ふっふっふ……今年もこの時期が来たな」
高すぎず低すぎずの男性らしい声。20歳前後の男が長袖ワイシャツに紺色のチノパンというビジネスカジュアル姿でそわそわとしながら、昨日の夜から寝ずに窓にへばりついて雪を見ている。そのような子どものような行動とは異なって、切れ長の目の中にある黒い瞳、彫刻かのように整っている顔、艶のある紫色の髪の毛、見るからにシュッとした身体つき、という見た目が理想的な美形の青年だった。
「なあ、ケット、もういいかな? 外に出てもいいかな?」
男の名前は、ムツキ。この世界で最強にして唯一の転生者である。
彼の名前を漢字で書くと1月を意味する睦月だ。男で睦月というのも中々なさそうなものだが、前世の両親からの、誰とでも仲良くできるように、そして、尽きることが無い熱意を持ってほしい、という願いによって、至って真面目に付けられた名前だ。本人もとても気に入っていて、転生後もそう名乗っている。
彼のこの世界での目的は、スローライフを送ることだ。それもモフモフやハーレム付きのかなり贅沢なスローライフを実現しようとしている。
その目的の下、彼は世界樹の守護者として妖精族とともに世界樹や樹海を守ることを生業にしていた。
「待つニャ。まだお日様が昇ってニャいニャ……ご主人はいつも雪にワクワクし過ぎニャ」
ケットと呼ばれる人間の子どもサイズの猫が猫らしい少し甲高い声をして少し呆れたような声色で喋っている。
ケットはほとんどの毛が黒色で、ただ胸元にだけ白いふさふさの毛を蓄えており、さらに、キラキラとする金色の瞳と、感情表現が豊かな2本の長い尻尾を持っている。2本の後ろ足で器用に二足歩行をしており、2本の前足はまるで人族の手のように動かしていた。
ケットは見た目こそ動物族の猫だが、実際は猫の姿をした妖精族であり、本名をケット・シーという妖精族の王でもある。今はムツキのお世話係筆頭として日々を楽しく過ごしている。
「ワクワクしちゃうのは仕方がない。そうできているんだ。俺の隣にいるクーもだけどな」
「……ん? 俺か?」
ムツキの横で彼と同じように窓の外を見つめて、その渋めの声とは裏腹に尻尾をぶんぶんと引き千切れんばかりに左右に振り続ける大型犬がいた。碧色の毛並みをした長毛種の犬クー・シーである。普段はクーと呼ばれている。
クーはケットと同様に人語を理解できる上位の妖精族で、犬の姿をした妖精たちのリーダーでもあり、ケットと旧知の仲で親友である。クーはいつも笑っているような表情をしているが、特に何かが面白くて笑っているわけではない。
クーは家の中だと大型犬くらいの大きさだが、象と同じくらいの大きさにはなれる。
「たしかに、クーもこの季節は仕事そっちのけにして雪で遊んでいるニャ」
「まあな。たまに見る雪というものは抗えない魅力があるな。逆もいるけどな」
「……もしかして、私のことを言っていますか?」
クーのことをケタケタ笑うケット、それに同意しつつも視線を暖炉に移すクー、その視線の先には鋭く黒いツノを生やして山吹色の短い毛を持つウサギが震えた声で丸まっていた。
普段はアルと呼ばれるアルミラージである。
「非常に残念ですが、寒いのは苦手です……早めに暖かな樹海に戻らないと……」
アルは寒さに弱いためか、少しブルブルとしながら暖炉の前から一歩も動かず、じっと縮こまって暖を取っていた。
「あれ? 環境調整が甘かったか?」
「いえ、全体としては問題ないですし、あまり寒さも暑さも感じないようにしてしまうと生き物として適応力が弱くなりますから……」
ムツキの家およびその周りは、彼の膨大な魔力の一部を使い、暑すぎず寒すぎず、じめじめし過ぎず乾燥し過ぎずの環境調整が行われていた。
「そうか。じゃあ、このままでいいかな?」
「はい。早く……樹海に戻らないと……」
「樹海はいいのか?」
「樹海はそういう場所ですから」
「そういうものか」
ムツキがケット、クー、アルと楽しく談笑していると、2階から誰かが降りてくる足音がしてくる。彼がすっとそちらに視線を移すと、真紅色の髪が印象的な女性が現れた。
「ん? おはよう、旦那様。いつになく早起きだな」
凛とした声をした女性の名前はナジュミネ。彼女は、魔人族の中でも鬼族に類する角がない鬼であり、元・炎の魔王でもあり、現在ムツキの第二夫人として過ごしている。
彼女はきめ細やかな白い肌をしていて、まるで陶器の人形が動き出したかのような華麗な姿と顔立ちをしつつ、ウェーブの掛かっている真紅の長い髪に真紅の瞳と釣り目がちな目を持ち、紅と白のコントラストがとても美しい美女である。
彼女の服装は季節に合わせてか、パーカー付きのピンク色のスウェットを上下に着込んだラフな格好で少し温かそうだ。
「ご主人は寝てニャいニャ」
「え。旦那様、何かあったのか?」
「あ、いや、その、雪が」
ムツキがバツ悪そうに窓の外に向けて指を指し示す。ナジュミネはその様子を愛おしく感じたのかクスッと笑った後に、微笑みを残したままの表情で彼の隣に座って頭を彼の肩に預ける。
「雪でワクワクし過ぎたか? 旦那様はかわいいな」
「からかわないでくれ」
「からかっているわけじゃない。心の底からかわいいと思っている」
「そう言われると恥ずかしいな」
ケットが朝の支度のために台所へと戻り、アルが暖炉の前に鎮座したままウトウトとし、クーとムツキとナジュミネはボーっと窓の外を眺めていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
いよいよ、第5部(最終部)の始まりです!
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